増税、還元、キャッシュレス。 そして明日は、ホープレス。

長編小説を載せました。(読みやすく)

#おもてなしの極意# ドキュメント新宿 戦国コスプレそば「三献」 全3話②(改訂)  読み時間約10分

   (2)

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 ※本作のイメージをiphoneで、初めて書いた残念な結果です。

 

 

 史実では、福島正則は共に酒豪である、母里友信(もりとものぶ)に大杯に入った酒を勧め、見事飲み干せた暁には、好きな物をなんでもやると豪語した。

母里友信はそれでも酒を拒んでいると、福島正則が罵倒する。

「黒田武士は酔ったら役に立たん」

主家である黒田家をも傷つけられた母里は、大杯の酒を見事飲み干し、福島正則豊臣秀吉から貰った天下三名槍の一つである「日本号」を望んだ。

福島正則は大層悔しがったが、男が言った手前、一悶着ありながらも譲り渡したという・・・。

 

 この流れからすると、酒乱の福島であるが故、ここにいる母里を語る男に何か大事な物を取られる運命・・・。

現代の母里友信は何を望むつもりなのか?

私はあからさまに振り向けず、耳だけを頼りにこの二人の動向を伺う。

 

 母里はしばらく沈黙を守っていた。

すると、しびれを切らした福島正則がテーブルをゴンっと叩く。

「俺の酒が呑めねえのかっ!うんとかすんとか何とか言ってみろってんだっ」

 見かねた石田三成が一声かける。

「正則、もうよいではないか。母里殿は困っておるではないか」

茶坊主はすっこんでろっ!」

「その言葉、聞き捨てならんっ。我は石田治部少輔なるぞっ」

福島正則はじろりと石田三成を睨みつける。

「なにが治部だっ、くやしかったら俺と勝負するか?そんなニワトリみたいな体で俺様に勝てるとでも思っているのか?」

石田三成は悔しさをぐっと堪え、拭いていた皿を鼻息荒く静かに置いた。

「うぬうっ、言わせておけばっ・・・・」

今にもカウンターを乗り越えてとびかからんとする様相をみせる。

 

 厨房から嶋左近が颯爽と客席に現れ、間に入って福島正則をけん制する。

「三成様、ここはお任せを。母里殿、もり蕎麦をお持ち致しました・・・」

「おおっ、これは見事。蕎麦がつややかに光っているではないか」

母里は喜び、嶋左近に笑みを向ける。

「ぶはははっ、バカだなっ。あっ、そうだ。いい事を思いついた。この蕎麦とつゆ。全て残さず飲み干せたら、お前に俺の家をくれてやるっ!」

母里友信は目を剥いて、福島正則に顔を寄せた。

「誠かっ!拙者は住み込みだから、後でなかった事にしてくれと言われても絶対に返さんぞっ、良いんだな?」

 

 住み込み・・・って一体どういう人間なんだ。

 

 福島正則はちらりと蕎麦猪口を睨み「いやっ、ただし条件がある」と待ったをかける。

住み込みの母里友信は焦れた様子でソワソワしだす。

「なっ、なんだ、条件とは?」

福島は主導権を握ったとばかりに、口調に落ち着きがみえる。

「そうよなぁ、この蕎麦猪口では小さすぎる・・・猪口ではなくどんぶりのつゆを飲み干す事だ。蕎麦はもちろん、ワサビを入れたつゆ。全て飲み干せたら、俺ん家をくれてやる。時間制限はない・・・」

これを聴いた母里は、この勝負もらったとばかりに声を弾ませる。

「誠かっ?時間制限がなければ、どんなに辛いワサビでも耐えて完食するぞっ!後で冗談では済まさんぞっ」

「ああっ。ただし、ワサビは俺が入れる。吐き出した時点で終わりだ」

「かまわんっ、家一軒もらえるならワサビの辛さなど屁でもないわっ。石田殿、嶋殿。立会人になって頂けるか?」

石田三成は決意を固めた様で、深く頷く。

「いいだろうっ。この勝負、どちらが勝っても負けても異論はなき様・・・あいや、待たれよ」

母里と福島が三成の顔に目を向けた。

「いかがした?」

「もし、母里殿がこの勝負に負けた時はいかがする、正則」

石田三成は母里と福島の両人の顔をそれぞれ見つめた。

「そうよなぁ、もし友信が負けた時は・・・」

母里、石田、嶋の三人は福島の返答に聞き入り、店がしんと静まり返る。

福島正則は顎髭をなでる手を止め、にやりと微笑む。

「ならば、お主の家を貰(もら)おう・・・」

はっ?

福島以外、そば耳を立てていた私を含め、4人とも首を傾げる。

「えっ?」

ぽかんとしながら他の3人は、福島正則の顔を覗き込む。

「だから、母里友信の家をもらうって言ってんだっ、これで公平だろう・・・」

石田三成は非常にイヤなものを見るかの如く、福島正則の顔を覗き込んだ。

「うわ~っ、稀に見る猪武者・・・いやっ、こんな大バカ見たことない・・・」

「うるせぇっ、誰が大バカだっ。ニワトリみてえに首ねじ切るぞっ!」

嶋左近が怒りに任せて立ち上がる福島の態度に「くくっ」と噴出した。

「てめえっ、今笑ったなっ」

「くくっ、ぶはははっ。これが笑わずにおれようか。母里殿は住み込みで家を持ち合わせておらぬというのに、どうしてお主が勝った時に、無い家をやれるというのだ。そんな事考えずとも分かるというもの、まさしく稀代の愚か・・・」

 

 「うっ・・・」

やっと気づいた福島正則ははっとして一同から目を逸らし、両手を腰に当て天を仰ぐ。

そしてまた、何かを思いついたようだ。

勝ち誇ったように、「ぶはははっ!」と突如振り返り笑い飛ばす。

私を含め一同は、とうとう福島正則は異次元に昇天してしまったかと、恐る恐る一歩下がって様子を見守る。

「甘いなっ、お主らは・・・」

福島正則は今一度快活に笑い声を上げる。

「わはははっ、母里の槍の腕は天下に名を轟かせる。その男ならば、わしの家でなくともいとも簡単に一国一城の主になるというものだ。その時、わしはその城をもらい受けるという意味で申したのだっ。バカなのはお主らのほうだ、わしの方が先を読んでものを申しておるのだ、愚か者めがっ」

 

 すごい言い訳を繰り出してきたもんだと呆れる中、一人、母里友信は感激している。

「正則っ、お主はそこまでわしの事を見込んでおるのかっ?」

「おっ、おうとも・・・。お主の槍は天下一品。だから、いずれ一城の主となったら城をもらい受ける」

母里は更に喜び立ち上がる。

「お主は器がでかいのうっ。さすがは賤ケ岳の七本槍っ。ならば、この勝負受けて立つ。石田殿、つゆの御準備を願いたい。あっ、そうだ・・・そこの客人、カウンターに座られておられる御客人っ」

 

 えっ、私?・・・私しか他にはいない。

 

 惚けていても背中に3人の熱視線。

そして、正面の石田三成もカウンター越しに乗り出し、私をグイグイと下から覗き込んで目を合わせようとしてくる。

イヤだな~っ・・・私は関係ない。やめてくれ、巻き込まないでくれ・・・。

石田三成はうつむく私を更に下から強引に覗き、声をかけてきた。

「お客様、後ろの母里友信殿がお声がけをしております」

最悪だぁ・・・

私は恐る恐る戦国コスプレ中年に振り返るしかなかった。

 顔を上げると、190cmの陣羽織姿の3人が仁王立ちで私を見据えている。

「わっ、私ですか?」

私に呼びかけた母里友信が顔を近づける。

「左様、今までの我々の会話を聞いておったであろう?」

「えっ?まあ・・・なんとなく」

「ならば話は早い。この勝負、御客人にも立会って欲しい、良いな?」

 

 えーっ!イヤだよっ。

なんで、こんな戦国バカのワサビ入りのそば勝負に付き合わなければならないんだっ!

 

「あいや、待たれよっ。唐突に見ず知らずの客人の立会いとなればいささか問題があろう」

嶋左近を名乗る男が間に入ってくれた。

 

 良かったっ、逃げられるかもしれないっ。

 

 短気の福島正則が、嶋左近にいちゃもんを付ける。

「ごちゃごちゃうるせーなっ。だったら、立会人の連判状を書けば問題なかろうっ」

「おーっ、それは良い考えだ。客人、手間をかけるが、連判状に名をしたためてはくれまいか。この勝負、拙者の家がかかっておるのでな」

母里友信が私の肩に手を載せてきた。

重い・・・。

 あんたの家なんか知ったこっちゃないっ。私には何の益もなく、どうして本名をさらさねばならないんだっ、冗談じゃない。

かと言って、レスラーの様な連中に取り囲まれている状態では、もはや袋のネズミ・・・。

 

 そこへ、石田三成が筆と硯、そして蕎麦を乗せる容器の底に敷く竹すだれを持ってきた。

「すまん。紙がないから、これで・・・」

福島正則が、竹すだれを指で摘まんで、いちゃもんを付ける。

「普通、半紙とか和紙だろう・・・。よりによって、竹すだれなんてバカかっ。細かくてこんなもんに書ける訳ねーだろう、奈良時代じゃねえんだぞっ。今は戦国だぞ、戦国っ」

母里友信も大きく頷く。

「左様、今は戦国乱世・・・竹簡の時代ではない」

石田三成は二人に責められ抗弁する。

「仕方ないではないかっ、紙がないのだから。他はキッチンペーパーかトイレットペーパーぐらいしかないのだ。キッチンペーパーはボコボコして書きづらい・・・」

石田、福島、母里の3人が腕を組んで考え込む。

 

「これはどうだろうっ!」

嶋左近が片手に茶色い台形の様な紙を突き上げて厨房から出てきた。

「なんだそれっ」

福島が目を凝らす。

「もしや、コーヒーフィルターかっ。さすがは知恵者.。やる事もおしゃれだ」

母里友信が嶋に近づく。

「いや~っ、おしゃれとはちと言いすぎであろう・・・」

嶋左近は照れて、小首を傾げてもじもじとしている。

「左近、やるではないか。褒めてつかわす」

「三成様、勿体なきお言葉にございます」

 

 アホが4人・・・。

こうなると、富士急のお化け屋敷よりも怖い。

まじめに褒め合っているから極悪だ。

 

 これと決まると、コーヒーフィルターを囲んで4人がすっからかんの頭を突き合わせる。

福島正則を尊敬ではなく冒涜しているに他ならない、現代のアホの福島が「誰が一番に書く?」と口を尖らせ、媚びたように他の3人の顔を見渡す。

「それは、お主の家を賭けての勝負なんだから、お主が筆頭だろう」

切れ者に憧れる、ぼんくらの石田が真面目に答えている。

「そっか。俺と母里の勝負だもんな。じゃあ、お先に」

福島は筆でささっと署名した。

「福島殿、花押がないぞ」

嶋左近を名乗るニセ者が、至極当然とばかりに指摘する。

「花押?なんだそれ・・・」

「花押を知らんのか?武将ならば誰でも持っているものだぞっ」

筋肉バカ2020、母里友信を語る男が続いて名前と花押を書き、筆を置く。

「おおっ、かっこいいな。それ」

「それって、これが花押というものだ。しっかりしろ、福島殿」

史実に反するたわけの左近が、蔑んだ目で福島を見やる。

「では、立会人である、拙者石田治部少輔三成・・・」

「おおっ、治部も花押を持っておるのか」

「まあな・・・正則もちゃんと書ける様にしとけよ」

 続いて、たわけの左近も袖をまくり、大げさに筆を振り上げカッコつけて署名する。

その後、ピタリと手が止まる。

なかなか筆が進まない左近に、福島正則がけしかける。

「ポーズがうるせえっ。さっさと花押を書け」

「お静かにっ・・・」

「あれ、人に説教しておいて、もしや忘れたんじゃねえだろうな?」

「急き立てるでない、やかましくて書けんだろうがっ。確か、こんな感じだったな・・・」

「なんだそれ・・・うずまきじゃねえか」

「うずまきではないっ、和紙ではないから筆がもつれたんだ」

「花押が、うずまきって・・・ふっ」

「だから、うずまきではないっ」

「だったら、蚊取り線香か?それとも、とぐろを巻くヘビか?お主のほっぺたにでも書いとけよ。嶋バカボン守(のかみ)左近、ぴったりだ。俺が書いてやろうか?」

「やかましいっ!ならば、お主の眉毛をつなげるぞっ」

酔ってしつこい福島の冷やかしに、嶋左近も激高する。

 

 その間に三成が割って入る。

「二人ともやめいっ。急遽、こういった事になったのだ。互いにもめるのは良くない。では、最後に御客人、お願い致すっ」

 

 忘れていない、地獄だぁ・・・。

「いざっ、御客人っ!」

「さあっ、さあっ、さあっ、さあっ」

4人の連呼に追い立てられる。

そうだ、どうせこいつらは正気の沙汰じゃない・・・。

ならば、ウソの名前を書いたってバレやしない。

 

 嶋左近に無理やり筆を持たされてしまう。

「ほらっ、しっかり持って」

うわ~っ・・・。

強い武将だと敵対される恐れがある。ここは、影が薄い武将でやりすごそう。

フィルターの隅に小さく署名し筆を置く。

  

 福島正則がフィルターを手に取り、顔を近づけ目を凝らす。

「ちっちぇ字だなぁ・・・おめえさん、山名豊国(やまなとよくに)ってえのか?」

石田三成は山名と聞き、小首を傾げて呟いた。

「山名・・・はてどこかで聞いた事があるなぁ」

懐刀を自称する、なまくらの島左近は頷いた。

「う~ん、渋いと申すか、なんとも微妙な武将・・・。信長の野望でも、なかなか使う人物はおりません。初心者がプレイしようものなら10ターンで滅ぼされてしまう。手慣れたプレーヤーであっても、最終的に選ぶか迷うほど・・・」

 母里友信も思い出したとばかりに大きく頷いた。

「左様。拙者は播磨、山名殿は但馬で隣国同士だから存じておるが、一言で申せば、地味。気の毒なほどの薄口武将・・・。日本全国見まわしても、山名殿を崇める人物はそうそうおらん。変わった御仁だ・・・」

 福島正則は腕を組み、顔を顰めて私を上から下まで凝視し首を捻る。

「豊国という響きも、なんと申すか迫力を感じない・・・こういう聞き方は良くないかもしれんが、山名豊国殿のどこが?」

 

 福島正則の質問に私は言葉を詰まらせる。

しまった、マイナーすぎたのが仇となってしまった。

逆に興味を抱かせ、あたふたしていると、母里友信は腕を組んで更なるうなりを上げる。

「う~ん、分からんっ。華々しさがまるでない・・・だが、山名殿を崇拝しているとなれば、余程の隠し玉を持っているやもしれん。令和の山名殿、我らの概念を一変させる逸話を御教示願いたいっ。御一同、『NHKスペシャル』とか『灼熱大陸』で取り上げらる程、歴史観が一変するエピソードがあるやもしれんぞっ」

 石田、嶋、福島、母里。戦国かぶれ4人が、更に間合いを詰め声をそろえる。

「是非とも御伺いしたいっ、山名殿のエピソードXをっ!」

 

 とうとう令和の山名殿にされてしまった挙句、NHKスペシャル並みのエピソード聞かせろとは・・・困った、書くんじゃなかった。

待てよ、NHKスペシャルと言えば、サムライコーチンの一件があったな・・・。

山名豊国について、私が知っている事といえばウィキポティアで読んだ事ぐらいだが、

ガセネタではない話をしよう。

「では、一つ・・・」

 

 四人はそれぞれ椅子に腰かける。

福島などは椅子をくるりと回し、背もたれを私の正面に向けて座る。そこへ両腕を乗せ、前のめりに顎を置いて聴く態勢を整えた。

 ずっ、随分と近い。まあ、しょうがない・・・。

「1580年頃。秀吉公に投降後、山名殿はかつて六分の一州殿と言わしめた名門のプライドを重んじられたのでしょう、秀吉公への仕官を断りました。そして、浪々の身となった山名殿は、摂津の多田氏の食客として住まわせてもらうことになります。ここで数年過ごした後、徳川家康に仕官の口を勧められ退去する際、多田氏へ丁重に礼を述べた律儀者とききます・・・」

 

 「えっ?」

福島正則が非常に厳しい顔で「すうーっ」息を吸い、眉間に皺を寄せ合点がゆかぬと迫り来る。

「それだけ?」

「それだけです・・・」

「お礼を言うのは当たり前だろう、食わしてもらっていたんだろう?」

「まあ、小遣いももらっていたかもしれません・・・」

「それで黙って出て行ったら、普通、血祭だろう~っ。他にもっと和製ベートーベンとか言われる様な文化的なものとか、煮詰まったら机に頭をぶつけるとか、皆が引く様な武勇伝とかないのかよ?」

私は他に思いつかず、静かに目を閉じた。

「残念ながら・・・ございません」

「残念なんてもんじゃねえ、聞き損だ。んで、山名豊国殿を崇(あが)めておられるのかっ?意味分かんねぇ・・・」

福島正則は何度も左右に首を振り、呆れて他の3人の顔を見渡し、髷の付け根をごりごりと掻いて臭いを嗅ぐ。

「変なの・・・」

 

 あんたらは、十分変態だろう・・・。 

 

 嶋左近も納得できんとスマホで調べ始める。

「う~ん、まるでキレがない。例えるならチンタオビール・・・。おっ、ウィキポティアに他のエピソードがあるぞっ」

「どれ、左近聞かせてみよ」

役立たずの石田三成が偉そうに命じる。

「では、僭越ながら・・・なになに、天正8年(1580年)秀吉公に、山名氏の居城である鳥取城を攻められた時、いち・・・これなんて読むんだ?」

スマホの画面を見せられた福島は、すかさず手を振って断った。

「わしは漢字が苦手でな、ムリ」

続いて、嶋は母里友信スマホを見せる。

「わしはここ最近、老眼が・・・」

仕方なく、切れ者に憧れるニセ石田三成に画面を見せる。

「うん?いち、いちふぁん・・・」

嶋は耳を疑い、今一度、石田に聞き返す。

「殿、今なんと仰いましたか?」

「だから、いちやん・・・」

「すいません、聞き取れませんので今一度」

石田はスマホの画面に顔を近づけると、急に眼を擦り「痛っ・・・何か目に入ったっ。山名殿に譲る・・・」と上を向いてごまかした。

そんなに難しい漢字なのかと、私もスマホ画面を嶋左近に見せられた。

「どの字ですか?」

「これ・・・」

「どれです?」

 

 石田がわざとらしく「あっ、ゴミ取れた・・・それはあれだ、韃靼(だったん)文字だ。漢字に似ているから危うく誤読するところであった」

 嶋バカボン守(のかみ)左近は、一旦、スマホをテーブルに置いて手を叩いた。

「なるほどっ、だから分からなかったのですね。ウィキポティアはウソも多いと聞きますからねっ。韃靼文字を忍ばせるとはっ。それを見抜くとは、さすがは我が殿っ!」

 

 韃靼文字?いくらなんでも日本語の中に突如混入してこないだろうと、私はそっと嶋左近のスマホの画面を覗き込んだ。

「どれが韃靼文字なんですか?」

嶋は野太い声で得意げに指をさした。

「こいつですっ、ウィキポティアに抗議しませんとなりませんなっ。日本文に韃靼文字が混じっておると」

福島と母里は、私を弾き飛ばし威勢を付けて激しく同意する。

「そうだっ、そうだっ!こうなったらウィキポティアの本丸を攻め落としてくれんっ。一番槍はむろん俺だ。城主の首を跳ね、シンデレラ城の天辺に突き刺して晒(さら)し首にしてやるうっ」

「待て、あの城はならん・・・後がなにかと面倒だ。権利とか肖像権とか色々うるさいらしいぞ。だから、城攻めにおいては拙者がっ」

母里友信が福島の言葉を制し、いきり立つ。

 嶋バカボン守左近が「このような所に韃靼文字を紛れ込ませるとは卑怯千万・・・では、皆の者、軍議を致すっ」と韃靼文字と主張する文字をトントンと指さした。

 

 私はうるさい連中の間を縫ってスマホ画面を覗く。

「あれっ?これは、一旦(いったん)って読むんですよ。確実に日本語ですね・・・韃靼文字なんかじゃありません」

「なんとっ!山名殿、滅多な事を申されますと御首が飛びますぞっ」

バカボン守左近が、床にひっくり返らんばかりに驚き、私の肩を鷲づかむ。

福島が嶋のスマホをさっと奪うと、googlenで「いったん 意味」と入力。

「おーっ、誠、山名殿の言う通りだっ。一旦と読むらしいぞ、一時的という意味だ。やいっ、石田治部っ!てめえが読めねえからって嘘つきやがったなっ。なにが韃靼文字だ。あっ、そうか韃靼そばから、とんでもねえ事こじつけやがったって寸法かっ。俺はそういう所が昔っから嫌いなんだっ。その目、えぐり抜くぞっ」

現代のアホの石田三成は再び目を擦って、スマホの画面を睨みつける。

「ええっ?まさか。おっ、だんだんと見えてきた・・・まっ誠、一旦とある。かすんでよう見えんかった・・・」

母里も呆れた様子でスマホを覗く石田から取り上げた。

「今更知った顔で読んでおるとは情けない・・・もう良いっ、連判状は出来たから、早速正則の家を賭けて、いざ勝負っ!」

「望むところよっ!」

 

                               (続)