増税、還元、キャッシュレス。 そして明日は、ホープレス。

長編小説を載せました。(読みやすく)

#おもてなしの極意# ドキュメント新宿 戦国コスプレそば「三献」 全3話①(改訂)  読み時間約10分

    

(序)

 

         おもてなし。

 

 オリンピック誘致が成功してからというもの、この言葉に奥ゆかしさが消え、なんだが押しつけがましくうっとおしい。

 

   おもてなし、裏があろうが、おもてなし・・・。

 

 ダジャレを披露したい訳じゃなく、小池百合子東京都知事が、まるで万能の言葉を創造したかの様に、おもてなしを多用している。

以前から抱いていた感情が漏れ出たものだ。

 

※ 尚、「クール・ビズ」も彼女の創作ではなく、環境省の一般公募によるもの。

したがって、一般の方が創作した語彙である。

お間違いなきようお願いします。

 

 オリンピック、都政にまつわる裏事情を揶揄したい訳ではない。

著者自身が、この言葉の意味を理解しているのかと、改めて考えてみるとう~んと首を捻ってしまう。

 

 「おもてなし」

 (何度も書いている著者自身が恥ずかしくなってくる)

 辞書によると、意味は以下の通り。

 

心のこもった待遇。もしくは、顧客に対し心を込めて接待、サービスをする。

 

 しかし、前提条件が欠落している。

 

 訪れる客、もてなす亭主。

そもそも、双方、あるいは一方に礼節やマナーが欠けていたなら、互いの自我と思惑が衝突するだろう。

 

   

   (1)

 

 今に限った事ではないが、企業や飲食店名において戦国武将関連の名前を多々見かける。

特に多いのはラーメン店だろうか。

武将の名は、店の意気込みとその志を模範とし、天下に名を轟かせようと大いなる野望を秘めたものであろう。 

 

 

 2020年2月頃。

武漢ウイルスによって、公共施設などが利用できなくなる以前のこと。

毎日不安を垂れ流すニュース。そして、保険会社と医薬、健康食品のCM。

鬱々と不安にさいなまれる生活にウンザリし、歴史に何か学べるものはないかと、四谷にある新宿区立歴史博物館に足を運んだ。

 常設展示では、古代、中世、江戸時代、現在の新宿に至るまでの移り変わりや復元した建物などがある。

希望すれば、ボランティアの解説員さんが同行し詳しく教えてくれる。

二時間ほど随行して頂き、かつて宿場町だった内藤新宿の成り立ちなどを教授してもらう。

 私よりも解説員の方が熱が入り過ぎて2時間立ちっぱなしとなった。

さすがに足が疲れ、喉も乾けば腹も減る。

博物館を後にする頃には、夕方4時を過ぎていた。

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 四谷三丁目駅を目指し、新宿通りに至る裏路地に蕎麦屋を見つける。

 

 そば茶屋「三献」

居酒屋など飲み屋が多い横町に、ひっそりと奥ゆかしい白壁をあしらった店構え。

落ち着いた雰囲気に休憩も兼ね、引き戸を開けて入店した。

 

 「いらっしゃいませ・・・」

ダイレクトに目に飛び込んできたのは、髷を結った裃姿の男。

私は思わず「うわっ」と声が漏れ、店から出ようと後ずさる。

「あいや待たれよっ」

今一度振り返ると、目が合ってしまい動けない。

店主らしき男は色白で30代の細面。口ひげと、逆三角形の下へ伸びる顎ひげを蓄える。

視線が機敏に動き、私の身なりと様子を一見した後、微笑んだ。

「待たれよ、御客人っ。もしや立ち仕事をなさるお方ではござらぬか?」

 

 私はけん制球にも似た唐突な質問に立ち去れず、改めて男に目を向ける。

やはり、髷を結い、裃姿・・・。

「気を付けろ」と防衛本能が呼びかけてくる。ごくりと唾を飲み込み、わずかに遅れて上ずった声を発した。

「いいえ・・・立ち仕事ではありませんが、先程、区立博物館を拝見しておりましたので足は幾分疲れてはいます・・・・」

 店主は深くうなづき、微笑んだ。

「左様でございましたか。ちなみに、お客様の利き足は左、ではございませぬか?」

私ははっとして、言葉より先に頷いていた。

「はっ、はい・・・でも、どうして?」

「長い事立っていらっしゃる方は、どうしてもどちらかの足をかばって傾きが出てしまうものでございます。お客様は若干ですが右に傾いていらっしゃいます」

「利き足の左側じゃなくて、右に傾いていますか?」

「ええっ、長時間利き足に重心を置いて足が疲れ、無意識に反対側に体重を乗せてしまいます・・・どうぞ、お座りになってどちらのふくらはぎが張っているか確かめて下さい」

店主はカウンター席に手を差し出す。

 

 店を出るに出られなくなり、なんとなく店主の口車に乗せられ椅子に座り、左右のふくらはぎを触ってみた。

あっ、言われてみれば左の方が張っている・・・。

店主を見上げると、ほのかに口角上げて頷き、期を逃さんばかりにさっとお冷を目の前に置く。

喉が渇いていた私は水を一気に飲み干してしまった。

店主は私の欲求を見通しているかの様に、水のお代わりをそっと脇から差し出す。

 

 うん?今度はキンキンに冷えていない・・・。

すっと喉を潤し、ふと一息入れ宙を望む。

店内を見渡すと、暖簾の奥の方でそばを打っている職人の手元が見えた。

そばを捏ねた後、1m程のめん棒をくるりと回し、そばを手際良く伸ばしていく。

バシバシと音もせず、ささっと円盤状になったそばを回転させ、また、めん棒で伸ばす事を繰り返している。

上手いもんだな・・・

 感心して見入っていると、店主が「ご注文はいかがなされますか?」とたずねてきた。

すっかり気が落ち着いて和んでしまい、店を出ることすら忘れてしまう。

「そば屋に入って聞くのも変ですが、お勧めはありますか?」

「今日の様に肌寒い日は、うちの看板にもありますように、三献そばはいかがでしょう?」

私は想像もつかず眉間にしわを寄せ店主を見つめた。

サンコン・・・そば?何ですか」

店主はおしながきを開き、指し示す。

「初めは、そばの風味を感じて頂くために、もりそばを。続いて、鴨を味わう温かい鴨南蛮、最後に天ぷらそばで満喫するよう、小分けにした3種類を順次お出しするという趣向でございます。お値段も980円となっております」

「へえ~っ、なんだかお特ですね。じゃあ、三献そばをお願いします」

最初、店主がちょんまげに裃姿だったことから恐怖さえ感じていたが、なんとも落ち着いた雰囲気だったこともあり、再びコップの水で喉を潤す。

 

 店主は頭を下げると、厨房に振り返る。

「左近、三献そばを頼む・・・」

「かしこまりました」と奥から返事が聞こえてきた。

 

 私は注文したそばを待つ間、店の内装に目を向ける。

武将の肖像画が窓の上に掛けられてある。

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「すみません、この肖像画の方はどなたでいらっしゃいますか?」

店主はゆっくりとほほ笑んだ。

「よくぞ、お訊ね下さいました。この御方は私が敬愛致します、石田治部少輔三成公でございます」

「では、そのお姿は石田三成公ですか?」

「左様でございます・・・三成公にはいくつかの逸話がございますが、なかでも『三献の茶』の話に甚だ感銘したことが、このそば茶屋をはじめる切欠となりました」

三献の茶ですか?宜しければ、そのお話をお聞かせ頂けますか?」

 

 店主は静かに頷き、湯気に香り立つほうじ茶を勧めてきた。

「では、かいつまんでお話いたしましょう・・・世は戦国乱世。近江で秀吉公が鷹狩りの帰りに、とある寺に寄りました。喉が渇いていた秀吉公が、寺の小姓に茶を所望致しましたところ、その小姓は大きな茶碗に人肌ほどの茶を秀吉公にお持ち致しました。さっと秀吉公が飲み干すと、続く2杯目は、1杯目の茶碗よりやや小さめで、温度もこれまたわずかに温かい茶を差し出しました。そして、3杯目に温かい茶を差し出したそうです。この段階を追って、喉の渇きを潤し茶の味を堪能できた事に気づいた秀吉公もまた只ならぬ人物。他の武将ではこの心配りを気づかなかったかもしれません。秀吉公はひかえめな気遣いに大層感心し、この小姓を召し抱えました。その人物こそが、石田治部少輔三成公なのですっ!お分かりですかっ、この細やかな気遣い、出すぎず、ただ相手の気持ちを気遣う心っ。この逸話を後世の創作だという人もいますが、拙者は例え創作だとしても、三成公の御人柄を如実に表した逸話の一つだと思っておりますっ」

店主はカウンターから身を乗り出して私に凄んできた。

 

 拙者・・・。

私は身を引き店主から目を逸らそうと、湯呑茶碗を掴んだ。

「あっちいっ。あっ、では、私がお店に入って来た時に出されたお冷も大層冷たかった。そして、2杯目は氷の量が少なくやや常温に近い冷たさでした。そして、このほうじ茶。つまり、石田三成の精神を引き継いでいらっしゃるんですね」

「三成公ですっ!呼び捨てはなりませんっ。石田治部少輔三成公でございますっ」

「すいません。ええと、石田治部・・・」

「石田治部少輔三成公っ、さあご一緒にっ」

「えっ?」

「ですから、御一緒に」

「私もですか?」

「当たり前じゃないですかっ、他に誰がいるっていうんです」

店主は指揮者の様に音頭を取る。

「さんはいっ、石田治部少輔三成公っ」

 

 めんどくせえ・・・

学生の時も、こういった歴史上の尊敬する人物について熱く語る友人から、同じ様な事を言われた事を思い出す。

誰だっけ、あっそうだ。

直江兼続・・・。

 私が直江兼続と呼び捨てにした時、「直江山城守(やましろのかみ)」とやんわりと言い直された事があった。

山城守は官位であって名前ではないから、直江兼続でいいのかと思ったが、最後まで「直江山城守」と貫き通していた。

そこで、どうしてとか聞くとまた話が長くなると思い、「直江山城守」と追随し、「直江状」の一連のエピソードを聞かされたことと重なった。

 

 すると、奥から190cmはあろう偉丈夫が暖簾を静かに分けて出てきた。

これまた、月代はないが髷を結い、口ひげ顎ひげがつながっている武将タイプ。

兜は被ってないが、陣羽織・・・・。

「三成様、まずは最初の一手、もりそばをお持ち致しましたっ」

 

 私はその言葉にすぐさま反応せざるをなかった。

三成様?

稲川淳二の様に、お化け屋敷の気配。

背筋がぞわぞわとしてくる。イヤだな~っ、怖いな~っ。

 

 そういえば、さっき奥に向かって「左近」と言っていた。

すると、今、ざるそばを持っている40がらみの荒くれの髭男が、嶋左近ということか?

 店主が石田三成を演じ、この男が嶋左近を演じるコスプレそば屋なのか・・・。

ここは、非常に気を付けねば切り殺されるというより、巻き込まれる・・・。

私はちらりと石田三成と嶋左近に目を向けた後、さっとうつむいた。

イヤだな~っ、怖いな~っ・・・。

 

「ガラガラっ、バシっ!」

 

 ひーっ、私は思わず身を縮め、振り返る。

力づくで引き戸が開くなり、こちらもまた大男の2人組の客。

これまた御両人、陣羽織姿。その一人が怒鳴り散らす。

「おいっ、石田治部っ!今日は客として来たっ。てめえんとこのマズイ蕎麦はいらねえっ。酒持って来いっ」

 

 嶋左近を語る40がらみの荒くれ髭男が、もりそばを私の前に置くと、大身でありながら猿(マシラ)の如く横っ飛び、カウンターの脇から客席に躍り出た。

「これはこれは、福島屋さん。他にも御客人がおりますので、お声の方は控えめにお願い致します。宜しければ御座敷にお通し致します」

嶋左近を演じる男と、福島屋と呼ぶ男も同等に大柄。且つ、トラの様な髭を蓄え互いの鼻先が触れ合う寸前で睨み合っている。

福島屋さん・・・少し臭いますが、すでに呑んでいらっしゃいますね?」

「ふん、うるせえ。呑んでたんじゃ店に入れねえってのか?」

嶋左近の方は表情一つ変えていないが、福島屋の方は牙をむかんばかりに眉毛を怒らせ顔を紅潮させ一歩も引かない。

見かねたもう一人の上背がある男が、福島屋という男の腕を掴む。

「おいっ、よせ正則・・・」

 

 正則っ!

嵐のアイマ君じゃない事は確かだ・・・。じゃあ、世田正則?

違う。

と、なると、この男、福島正則を敬愛しているコスプレ男なのかっ!

一体どうなっているっ、石田三成と嶋左近、そして福島正則

じゃあ、もう一人の男は誰なんだ。

この流れからすると、加藤清正か・・・。

 

 まるで、石田三成襲撃事件じゃないかっ。

私は訳が分からない店に入ってしまった後悔もあったが、蕎麦を食うふりをしてそば耳を立て、もう一人の男の名前が出てくるのを待つ。

私は身をすくめ、ここにいないと気配を殺す・・・。

 

 「おいっ、正則。俺はもめる為に来た訳じゃない。石田殿との遺恨は聞いてはおるが、わしは酒じゃなくてそばを食いにきたんだ。座ろう・・・」

 福島正則を語る大男は、肩を掴んだ男に目を剥いた。

「なんだとぉっ?おめえも俺に酒を付き合うんだよっ。こんなところのマズイ蕎麦なんか食えたもんじゃねえぞっ」

もう一人の男は、ちらりと嶋左近と石田三成を語る男に目を向けた後、よりによって、私の後ろの4人掛け席に腰を下ろした。

 福島正則と一緒に来た男は静かに腰かけ、嶋左近を見上げる。

「すまぬが、もり蕎麦を一つ願いたい・・・・」

嶋左近は注文を受けると、石田三成に許可を取るため振り返る。

「いいだろう・・・」

石田治部は小さくうなづく。

嶋左近は厨房に戻るが、福島正則に背を向けずに下がった。

「ふんっ、誰が後ろから襲うかってんだっ。戦う時はいつも正面からよっ。引っ込んで糞マズイそばを持って来やがれっ。陰に隠れて鼻クソなんか入れんじゃねーぞっ」

捨てぜりふを吐いた福島正則は、どかりと連れの男の前に座り直す。

「おめえ、本気か?ここの蕎麦は手打ちだが、つゆがサイテーだぞっ。なんでか知ってか?」

もう一人の男は首を傾げた。

「さあ・・・知らん」

「それはなぁ、石田治部が作っているからだっ、どははは~っ。なあ、佐吉よっ、お前は口先だけなんだ。舌の方は、まるでダメ。味オンチがそば屋とは笑止千万っ。片腹痛いわっ」

大声を上げる福島をもう一人の男がたしなめる。

「よせ、他にも客人がおる。お主は呑みすぎだ。水か茶にしておけ。拙者は呑まんぞ」

「なんだと~っ!おいっ、治部っ。とっとと酒を持って来いっ」

 店主の石田三成を語る男は皿を拭きながら静かに呟いた。

「市松、帰って寝ろ。呑みすぎだ・・・」

「随分と酔っておるから水を飲め」

連れの男が荒ぶる福島の肩を押さえつけた。

「幼名で呼ぶなっ、おめえは触んじゃねえっ!」

福島正則は立ち上がり、連れの男を上から覗き込む。

「俺より酒が呑めねえからってひがむなっ。黒田武士はすぐに酔っちまうから役に立たねえってかっ!絶対に俺には勝てねえっ、もし俺に勝ったら好きなものをなんでもくれてやらぁっ。おいっ、聞いてんのか、母里(もり)友信よっ!」

 

   加藤清正じゃなく、母里(もり)友信?

 

これまた嫌な予感・・・。

                           (続く)