【 死に場所 】place of death 全34節【第一部】(5)~(6)読み時間 約10分
(5)
翌朝、圭助が仙蔵の家を訪ねて来て、開口一番。
「頼むから猪吉さんや皆には言わねえでくれ・・・」
仙蔵は答える前に溜息が漏れる。
「昨日の晩もおっかあが酒を出そうかと言ったんだが、断ったで。もう呑まねえ」
仙蔵は当たり前だとも思ったが口には出さず、別の事を口にした。
「それより、芽が出るか心配なんだ・・・」
「えっ、なんで」
「馬のしょんべんだ・・・」
「あっ・・・そうか」
「駄目になったものも多かったから、ちゃんと芽が出るかどうか・・・」
仙蔵の表情は曇ったまま。
「だっ、大丈夫だよ、天日に乾したし・・・」
仙蔵は自分の事しか考えない圭助を一瞥し、ぐっと堪えようとしたが耐えられなかった。
「大丈夫って、なにを根拠に大丈夫って言えるんだっ。元はと言えば、全てお前が酒なんぞ呑んだ事が始まりだっ。それに、芽が出なかったらおいらが村八分になるんだっ。にも関わらず、おめえは自分の事ばかり言ってくるっ。今度、てめえの事ばかり言いやがったら、おいらも黙ってねえぞっ」
圭助ははっとして、急いで頭を下げた。
「仙蔵、すまねえっ。悪りいのはおらだ、仙蔵に迷惑かけっぱなしだった。もう言わねえっ、おらの事はもう言わねえから、猪吉さんに」
「猪吉の次はなんだっ」
仙蔵が圭助の肩を掴むと、圭助は大口を開けて息を呑んだ。
「なんでもねえっ。すまねえっ」
「次はないぞっ。だから、どうしても芽が出ないと駄目なんだっ。分かるなっ?」
「わっ、分かったっ。おらがずっと手入れするよっ」
仙蔵は馬の番の時を思い出し、またもや深い溜息を吐いた。
「おーい、仙蔵っ。手伝いに来たぞ」
松次郎が手を振りながら近づいてきた。
仙蔵は圭助に念を押した。
「松さんにも言ってねえから、おめえも二度と言うな。絶対に芽を出させるんだっ」
「分かった、頑張る・・・」
そう言うと圭助は地べたを見つめ出した。
「ほらっ、そんな顔をしていると松さんが心配するぞ」
仙蔵の言葉にああっと圭助が頷いた。
「圭助、もう来とったか」
「おらも今来たところです」
村人五、六人も手伝いに現れ、とりあえず仙蔵の畑で発芽させてから、苗をどうするかを決めることにした。
蕎麦の実の量が多ければ、全体的に蒔いておけば良いが、なにせ量が少ない。
苗にし、分散させたものを収穫し、それをまた増やしていかねばならない。
仙蔵の裏の畑の半分を使い、昼過ぎには蒔き終えた。
多すぎない量の水を撒き五日程、仙蔵は圭助と交代で様子を見守った。
九月も終わりに近い、早く発芽してくれないと間に合わない。
「頼むっ、早く芽が出てくれ、芽が出てくれ・・・」
仙蔵は祈りを込め、畑に語りかけながら丹念に見回った。
圭助も真似て「芽が出ろ、馬のしょんべんも肥やしの一部」とぼそぼそと呟いて回った。
実を植えてから六日目の朝。
仙蔵と圭助が二手に分かれて畑を見回っていた。
「出たっ!芽が出たぞーっ。仙蔵っ、蕎麦の芽が出たぞーっ」
圭助は両手を上げて喜んで呼びかけた。
仙蔵も圭助の声を聞き、慌てて駆け寄る。
「仙蔵っ。ほら見てくれっ、芽が出ているぞっ」
茶色い土に鮮やかな緑色の双葉。
「おおーっ、やった。やったぞっ!」
仙蔵は喜びの余り涙が込み上げ、畑に顔を埋めるように青い芽が黄金のように光って見えた。
これで来年餓えずに済むかもしれない。
そう思うと、尚更嬉しい。
その傍ら、圭助は小躍りして「めでためでた、芽が出てめでたーっ」とくるりと回る。
仙蔵は目を凝らし、震える手で発芽した芽を掘り出そうとそっと土に手を入れた。
本当に芽が出ているのか、実が腐っていないかなどまだまだ気は抜けない。
掌に発芽した双葉を土ごとすくい、周りから土を掻き分けてみると根が出て、見事に蕎麦の実から芽が出ていた。
ただ、畑に蒔いた実が全部発芽していた訳ではなかったので、圭助の様には喜べない。
翌日になると、全体的に点々と発芽し始めていた。
松次郎も様子を見に来て、青い芽が広がっている様子を喜び、他の村人も呼んでくるよう圭助に行かせた。
村のほとんどの者が仙蔵の畑にやって来て喜んでいると、後から猪吉も現れた。
「なんだなんだ、たかが芽が出たぐれえで、この騒ぎかっ」
「喜んで当たりめえだよ、来年皆が餓えるかどうかかが賭かっているんだ。あんたも名主なんだから少しは喜んだらどうだね」
松次郎は猪吉の態度を批難した。
猪吉は松次郎を横目で見やり「まだわからん、苗にならねえとなっ。精々ぬか喜びで終わらねえことを願っているよ。おらあ、役場に用があるでな」と言って仙蔵の畑から去って行った。
「全く、あんなもんが名主とはな。世の中どうなっているんだか・・・馬鹿馬鹿しい」
松次郎は猪吉の背中に、溜息を吹きかけた。
日に日に青い芽がちらほらと増え始め、仙蔵もやっと肩の荷が下りたように感じ始めた。
七日もすると、点々としていた双葉の密度が増えてきた。
十日後、思ったより緑が増えていない。そればかりか、芽吹いた双葉に勢いがない。
仙蔵が渋い顔で畑の様子を見ていると、圭助も近寄って発育の鈍いさに首をかしげた。
「もしかしたら、日が足りねえんじゃねえのかな」
「それもある」
曇り空が続き、日中の温度も上がらない。今度は天気か・・・。
腰に手を当て、どうしたものかと仙蔵が思案していると、猪吉が何処からともなく現れた。
「どうだ、調子は」
仙蔵は呼びかけに気付かずにいると、猪吉が回り込んできた。
「仙蔵、この記録台帳を見たんだが、どうも納得いかねえ。説明してくれ」
むすっとした仙蔵は眉間に皺を寄せ、猪吉から台帳に目を向けた。
「ここだ。他の記録では、百四十文とか百六十文と記してあるのに、ここの追分宿。木賃宿に泊まれず旅籠に一泊。二百 二十二文となっているが、他と書き方が違っている・・・二百と二十二文に間が空いている。まさか、付け加えたんじゃねえだろうな?」
仙蔵は台帳のことなどすっかり忘れていて、咄嗟に顔を顰めそうになった。
こんな時に来やがってっ・・・。
よくもまあ、重箱の隅をつつくもんだ。憎たらしいが、別段問題はないという風に振舞った。
「ああっ、それね。急いで書いたからそうなっただけです・・・」
更に、猪吉は続けた。
「まだある。こんなに細かく書いてあるのに、全体の収支が合ってねえ・・・」
「えっ、少ないのか」
「そうじゃねえ、五十七文多い」
「五十七文・・・ああっ、そういえば蔦木宿で昼飯を食ったのを付けていなかった」
仙蔵は思い出したように、猪吉が持つ台帳をめくって指差した。
「まだある・・・戸隠で蕎麦の実を買った証文の八の部分の紙がなんだか妙にざらざらしている、なんだか手を加えたみてえだ」
猪吉が疑り深い眼差しで、仙蔵を横目でじろりと睨んだ。
「雨に降られて紙がやれたのかもしれない」
うるせえな、ごろつき名主・・・
仙蔵はわざと畑の方に目を向けると、猪吉は圭助を呼び止めた。
「おい、圭助。蔦木宿で昼飯を食ったのか」
「はっはい、おいらが昼飯を買いに行きました」
「そうか・・・」
仙蔵は背を向けたまま、まずいと思いながらも平静を装いゆっくりと振り返った。
猪吉は目を細め、じっと仙蔵を睨み「精々、村の金を無駄にしねえことだな」と捨て台詞を残して去って行った。
執拗に嗅ぎ回る猪吉の執念の様なものに不安を覚えながらも、蕎麦に目を向けた。
(6)
曇り空が続いたまま十月に入った。
蕎麦の発育は芳しくない。植えた実の半分も発芽しなかった。
「やっぱり馬のしょんべんがいけなかったのかな・・・」
畑を見入る仙蔵の顔を覗くように、圭助が力なく囁いた。
原因はそれだけでなく、日照と土の相性もあるだろう。また、この時期の栽培にも問題があったかもしれない種類だったのかは定かではない。
「しょうがない・・・圭助、少ないけど半分は苗として集めよう。箱持ってきて」
仙蔵の深刻な表情に、圭助は無駄口は言わずに取りに行く。
集めた苗は百に満たない。非常食にするにはあと三回は収穫し、増えた実を別の場所で蒔いて更に増やすことを繰返さねばならない。それでも足りるかどうか。
冬はもう近い。
悩んだ仙蔵は松次郎を訪ねた。
「松さん、蕎麦の苗は百もねえ。これを早く増やす方法はねえかな」
松次郎もその量の少なさに驚き、仙蔵を見つめた後、腕を組んで体を反った。
「う~ん、そもそも蕎麦は育ちが早ええ・・・それをもっと早くするって言ってもなぁ。今までだって、空いた畑に蒔いて放っておいただけだから。兎に角、うちの畑にも植えて増やしてみるしかあるめえ」
「分かった、すぐに苗を持ってくる」
仙蔵は家に戻り、圭助に苗を松次郎の家に運ぶように荷車に苗を積み込んだ。
「あっ、猪吉さん・・・」
圭助は落ち着かぬ様子で、首に掛けていた手拭を取って頭を下げる。
猪吉は仙蔵が近くにいるのに「なんだ、たったこれだけか。蕎麦の一杯分にもならねえじゃねえか」と圭助が積み込んだ苗を覗く。
仙蔵は聞えていたが、知らぬふりで作業を続けた。
「おいっ、仙蔵。また台帳の一件でやって来た」
相変わらず、馬鹿だな。他にやることあるだろう・・・
仙蔵は荷車に苗の入った箱をわざとどんと積み込むと、猪吉は「おっ」と身を引いた。
「猪吉さんも手伝いに来てくれたんですか?これから松次郎さんの畑で増やすんですよ。早くしないと、村の食料が育たないんでね。猪吉さんも困るでしょ」
仙蔵は腰に手を当て背筋を伸ばしながら、横柄な猪吉に目を向ける。
「今日来たのは、この蕎麦の実を買い付けた時の証文の件だ・・・」
「それだったら、この前説明したじゃないですか」
猪吉は勝手に縁側に座わり、妙な薄ら笑いを浮かべ、風呂敷の中の台帳と証文を取り出す。
「仙蔵、この代金の証文。八の部分がざらついていたのは、雨に濡れたからだと言ったな」
嫌な予感がした仙蔵だったが、言った手前うなづいた。
「最後の晩は雨が降って、道具小屋で寝泊りしたから・・・濡れたんだ」
「そうか、あくまでも一貫六百二十二文じゃなくて、一貫八百三十三文の銭を払ったと言うんだな」
仙蔵は荷車の縁に腰掛けた。
「そうだ」
「ほ~ぉ、そうか。どうしても一貫八百三十三文って言い張る気だな。俺はどうもこの台帳といい証文といいおかしいと思って、戸隠の村に確認の書状を送った。すると、驚いたことに、一貫六百二十二文で売ったという返事が来たじゃないかっ。ほれ、これがその返答の書状だ」
猪吉は書状を広げて見せ付けた。
「そんな確認取っているくらいなら、追加で送ってもらうとか頼むのが名主の勤めじゃないかっ。村の食料が賭かっているんだぞっ」
仙蔵は隠しきれなくなり声を上げた。
「だからって、誤魔化して使い込んだとなれば泥棒だ。泥棒は役所に届けるのが筋・・・これからどうすべきか村で決めねばならねえ」
猪吉は書状を仕舞い、ふてぶてしく腕を組んでにやりと仙蔵を睨みつけた。
「使い込んでねえっ」
仙蔵は猪吉から目を逸らして立ち上がった。
当然、圭助は何の事か分かっている。
仙蔵が横目でちらりと見ると、別の方角に顔を向けている。
仙蔵は追い詰められても圭助の事は言わずに、遠くを眺めた。
圭助は、仙蔵と猪吉の両方に目を左右に動かして様子を窺う。
おらが本当の事を言わねえと、仙蔵がひでえ目に合う。
でも、すまねえっ。おっかあと赤ん坊がおる・・・。
仙蔵と猪吉、双方とも言葉がないまま時が過ぎた。
「それじゃ仕方ねえ、明日にでも村の連中を呼んで、おめえさんをどうするか決めようじゃないか、それも挙手で。逃げんなよ、仙蔵っ。圭助、おめえに用があるから、ちょっと来いっ」
圭助は言葉にならぬ様なか細い声を上げ、仙蔵に目を向けながら「せっ仙蔵、ちょっと行ってくらぁ」と前かがみになって猪吉の後に付いて行った。
仙蔵は二人の足音が遠のいたのを知ると、振り返って背中を見つめていた。
高々五百文ぐれえで騒ぎやがってっ。おいらはあんな遠くまで行っても手間賃ももらっていねえ。使い込んだ訳じゃないけど、おいらが貰ってもいい金だっ。
自分じゃ何もしないくせに、こんな理不尽な事があるかっ。
代々受け継いできた、わずかばかりのやせた土地。守ってゆかねばならぬ定めとはいえ、猪吉みたいな人間が名主だと偉そうにふるまっている。
あいつがいる限り、おいらはずっと難癖付けられる。でも、なんで目の敵にされるんだ・・・。
遠くで小さく見える圭助がぺこぺこと頭を下げているのが見える。
猪吉に借りが出来たら、一生頭が上がらない。仙蔵もそれを重々承知しているから、圭助を無碍にできない。
来年の米の収穫次第では、他人事ではない。でも、猪吉だけには金を借りる事は絶対に避けたいと願った。
圭助は猪吉と別れ、こちらに戻ってくる。
仙蔵は残りの苗を積み始めると「猪吉さんが明日のお八つ時に来るようにって・・・」と圭助は仙蔵と目を合わさない様に手拭で汗を押さえて誤魔化していた。
「他に何か言われた?」
圭助はどぎまぎしながら、ちらり仙蔵を覗く。
「いや、まあ・・・」
どうせ猪吉に金を早く返せだのと、脅しを掛けられたのだろう。
しかし、圭助は自分が原因だという事は、一切口にしなかった。
仙蔵はなんだか馬鹿馬鹿しくなってしまう。
自分たちの食料の問題を解決しようと提案したばかりに、泥棒の疑いをかけられる有様。
この圭助が使い込んだと言えば、自分の疑いは晴れるだろうが、圭助が牢に投獄されないまでも、村八分だろう。
身から出た錆びだが、圭助が陣屋に連れていかれたら、嫁はどうやって赤ん坊を育てればいい。結局、誰かが助けねばならない。洗いざらい打ち明ければ、告げ口をしたと逆恨みを買うのが関の山・・・。
圭助は黙ったままの仙蔵を見つめ、口にはしないが懇願している。
助けてくれと。
じゃあ、おいらはどうなる・・・。
仙蔵は自分一人で苗を松次郎の家に持って行くと言い、圭助を帰した。
明日の集まりで、圭助が呑んで使い込んだことを言うべきか結論が出ぬまま、松次郎の家に着いた。
仙蔵は松次郎と一緒に、わずかな苗を裏の畑に植える。
作業が終わった後で、仙蔵はこれまでのあらましを松次郎に告げ、明日どうすれば良いかときいた。
「そういう事だったのか・・・明日、集まってくれって急に言われたもんだから、お前さんに何があったのかと思っていた」
「今の今までどうしたら良いのか考えていたけど分からない・・・」
仙蔵は石の上に腰掛ける。
「そんな所に座ってねえで、家ん中入って話そう」
「お勝さんも心配するから、ここでいい・・・」
松次郎は小さくうなづき溜息を吐く。
「お前さんが黙っていることはねえ、使い込んだのは圭助だ。お前さんに仮病まで使って、一人で買いに行かせたことだけでもひでえ話だ。その上、どんちゃん騒ぎしてたんだから、お前さんに罪はねえ。それを庇うために、証文に手を加えたんだ。素直に皆の前で言えば良いことだ」
仙蔵も分かっていた。それでしか身の潔白を証明できないことも。
ただ、その後の圭助の嫁や子供のことを考えると、もっと別な方法がないかと松次郎に意見を求めた。
「つまり、お前さんだけじゃなく、圭助も咎めなしにしたいってことか?」
松次郎は眉間に皺を寄せて首を傾げた。
「それじゃあ、使い込んだ圭助だけが得することにならねえか?」
「そりゃそうだけど、高々五百文だ。それぽっちで村八分とか代官所に連れていかれるのも後味が悪い・・・」
仙蔵は降りかかった火の粉に、どうにもやり切れず蕎麦の苗に目を向けた。
つられて松次郎も畑に顔を向ける。
「わしゃ、圭助を庇う筋合いはねえと思う・・・自分の事しか考えていねえ。あの野郎はお前さんの隣にいたって、猪吉に自分が使い込んだって言わなかったんだろう?」
「まあね・・・」
「とどのつまり、お前さんがどうなろうとかまわねえってことだ。お前さんが自分を守らねえで、誰が守るんだ?まずは仙蔵が仙蔵自身を守らねえと、わしだって後押しできねえ」
煮え切らない様子に、松次郎も痺れを切らしてくる。
しばらく薄暗い空を眺めた後、松次郎に向き直った。
「松さん、頼みがある。明日、村の集まりでおいらは猪吉にいろいろと責め立てられると思う。でも、圭助の事は黙っているつもりだ」
「なんでっ、そしたら」
「続きがある。どの道、おいらの事でなにかしら決まるだろう。その時、松さんから圭助に何かいう事はねえかと聴いて欲しい。それでも、あいつが言わなかったら、今話したことを打ち明けるつもりだ」
松次郎は頷いて仙蔵の顔を凝視する。
「あいつが自分から言い出すのを待つって寸法か。自分の事しか考えてねえ野郎は、自分が悪いくせに人のせいにするか、すっ呆ける。自覚させるためにも悪くねえ・・・」
松次郎は皮肉めいた笑みで仙蔵にうなづいた。
「もし、圭助が名乗り出たら、おいらは手間賃として五百文を村から銭を貰おうと思う。その貰った銭を圭助の使い込みの不足分に当てたら、圭助も無罪放免だろう?」
「お前さんも馬鹿だな、あんな野郎の不始末まで肩代わりすることになるじゃねえか。お前さんだって苦しいだろうに」
松次郎がやめとけと繰返すが、仙蔵は背中を丸めて頭を垂れた。
「もううんざりなんだ・・・今回だって自分たちの食いもんの問題だ。作物が取れなければ飢え死にするのに、猪吉はおいらが気に食わないからって、戸隠まで確認の書状を送っている。あいつは異常だ。だから、あいつの鼻をへし折ってやりてえ」
「そりゃ、わしも同じ気持ちだ。だけんど、あいつに金を借りている村のもんは多いから、半分子分みてえなもんだ。それに、役人まで買収しているって噂だ。だからあんまり派手なことはせん方がいい」
仙蔵は分かったと言い、明日の打ち合わせをして帰った。
(7)へ続く。