増税、還元、キャッシュレス。 そして明日は、ホープレス。

長編小説を載せました。(読みやすく)

【 死に場所 】place of death 〜unreasonable & absurdly world 〜 全34節【第一部】(1)~(2)読み時間 約10分

     

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  ※ 本作は、1867年大政奉還の30年前である、

天保8年(1837)暮れの天保の大飢饉を舞台としております。

 

 著者の経験等から、理不尽、不条理の世界において、今後、どう生きるかを検証することを前提とした小説でございます。


 文中に説教がましい表現等がございますが、著者自身に対する自問自答と捉えて下さい。

また、作中の登場人物及び場所等は、歴史検証が困難な箇所があるため架空と致します。
     

  お読み頂き、何かの切欠になりましたら、

木戸銭としてamazonの同名小説「死に場所」をお買い上げ頂けますと、嬉しく存じます。

     

 尚、今、大変な状況にある方は、落ち着いた時で構いません。

   

 

    その場所、その瞬間だけが、

   永続する世界ではありません。

  

   激動の時代に入った時、

  世界は新秩序を求め動かざるを得ません。

  明治維新が到来した様に・・・

    

 

                                                                           

                                                    紺野 総二

 

 「 たらいから  たらいにうつる  

                               ちんぷんかんぷん  」

 

          小林一茶 時世の句 文政十年(1827)

 

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    (序)

 江戸四宿の一つである内藤新宿は、甲州道中(街道)と青梅街道が交差する宿場。
旅籠屋五十二件の他に引手茶屋、水茶屋は六十二件。(文化三年 1806)

その数は旅籠屋を上回った。
 周知の事、引手茶屋は岡場所であり、そこで働く娼婦を飯盛り女とも呼ぶ。
亡くなった娼婦らは、十代後半から二十代前半の者がほとんどで、身寄りがなければ成覚寺などに投げ込まれ、無縁仏として葬られた。      

 (元冶元年(1864)子供供養碑を建立)

 

  おおよそ天保三年から九年頃(1832~1838)まで、世に知られる天保の大飢饉で、天災と人災が重なり飢えや病等で死者が続出、墓場が足りぬほどの世相となる。
 天保八年七月。見るに見かねた宿内の富商らの呼びかけにより、成覚寺内に無縁塔を建立。
 また、内藤新宿の北側の外れを流れる玉川上水脇には、旭地蔵が無縁仏や男女、親子らの心中者を弔い続けている。

(明治十七年(1884)七月、成覚寺に移設)
   他の三宿同様、内藤新宿は多彩な 百姓(ひゃくせい=庶民)が行き交い、その繁栄は、新宿として現代に至る。

 

       (1)

   天保八年(1837)十一月十六日、夕暮れの内藤新宿

近頃、この道を往来する人々を見込んで、四谷大木戸の手前付近で、蕎麦の屋台が現れる様になった。
 底冷えする晩秋。
背を丸め、忙しなく人馬が行き交う大道。その中に、一人気だるそうな細面の三十がらみの浪士風情の男が通りかかる。
顎を上げ、冷々たる眼差しは、己も江戸に住みながら蚊帳の外から眺めているよう。
 つむじ風が枯葉を巻き上げ、雲に覆われた寒空に陽は見えない。
地上に視線を戻すと、仄かに湯煙が立ち上る屋台の蕎麦屋が目に留まる。
男は立ち止まり、袂の中に腕を入れた。己の肌の暖かさを確かめた後、そのままひらりと暖簾を掻き分けた。


 「いらっしゃい、今日も冷えますね」
柔和で丸顔の三十半ばの屋台の親父は、満面の笑みで手を擦りながら男に声をかけた。
他意のない人は、親父に釣られて笑みがこぼれるような温かみのある雰囲気。
浪士風体の男は、親父を無視してぶっきらぼうに注文する。
「そばをくれ・・・」
親父は、無愛想で抑揚のない男の声にちらりと目をやった。
「なんだ」
「いえっ、旦那がなんて仰ったのか聞き漏らしたもので・・・」
男は、親父が目を向けるのを知っていたかの様に目を細めて顎をしゃくる。
「そばだよ・・・」
「へいっ」
親父の笑みは消えてなくなり、男に背を向け蕎麦を湯の中に入れた。

 

 浪士風情の男の隣では、先客の若者が食べ終わり箸を丼の上に置いた。
「ごっつあん」
親父は微笑みながら「二十八文です」と告げる。
飢饉続きの時分とはいえ、随分と高い蕎麦。
浪士体は隣に目を向け、その反応を窺う。

   薄汚れた粗末な縦縞の半纏を着た若者は、竹駕籠の荷物入れを肩にかけた。
痩せた体躯で背はさほど高くない。髪は後ろに束ねているだけで散髪もしばらくしていない様子。着物も粗末な古着らしい。
 年の頃は二十二、三といったところ。
顔色が悪くやつれているが、丸い双眸は衰えておらず姿勢は正しい。
蕎麦が二十八文と聴いても驚く様子はない。
若者はわずかに微笑んでいる様にさえ見え、どことなく愛嬌のある顔でうなづいた。
懐に手を突っ込み、若竹色の絹の小袋を取り出す。
「ひい、ふう、みい、よう、いつ」
若者は台の上に銭を並べ、唐突に「今、何時だい?」と親父に微笑みかけた。
 愛想が良く、目と眉が離れていた親父の表情は一変した。
眉間にぐっと力を入れ、若者に顔を近づける。
「何時だと?勘定をごまかそうたってそうはいかねえ。落語の真似なんて太てえ野郎だっ」
「誤魔化そうなんてしねえ・・・」
若者は痩せた手を振った。
「嘘吐くな。そいつは、なんとかってえ落語の真似だろう」
つい先日寄席で聴いたと、親父は惚ける若者を詰め寄る。
「だから、おいらはそんな落語は知らねえし、たかが一文や二文誤魔化す様なケチな男じゃない。そもそも、醤油をケチっているのは親父の方だ。この蕎麦は不味くて五文の価値もない」
因縁をつけられたと親父は苛立つ。
「なんだとっ、うちの蕎麦にケチ付ける気かっ!見るからに小汚い格好してんじゃねえか、食い逃げするつもりだろうっ。つべこべ言わずに銭を出せっ」
若者は親父の大声に動じることなく、手を横に振り遮った。
「逃げも隠れもしない。時を聴いたのは、町奉行所か番屋に行こうと思ったからだ」
「なっ、なんで、町方に用があるんだ・・・」
若者の言い分が解せないためか、親父の口調に勢いがなくなった。
「だから言っただろう、一文や二文誤魔化すようなケチな事はしねえってっ。死ぬ間際にこんな糞不味い蕎麦食わされて、なんで二十八文なんて払わなきゃならないんだっ。五文で嫌なら今から訴え出てやるっ。飢饉続きで物価高だからって、人の足元見るのは罪じゃないってのかっ。おいらの訴えが間違っていたら食い逃げでもなんでも牢にぶち込めばいいっ、どうせ理不尽な世の中にうんざりしてんだっ」
「なんだとっ!」
不味い蕎麦に五文の価値なしと言われた親父はかっとなって、怒鳴り付けようと大口を空けたが、浪士風情の男の手前もあってすぐに収めて睨みつける。
「ふっ、ふざけた事を・・・」
親父はなんとか怒りを押さえ込もうとする。

 

 「おい、そんなにここの蕎麦は不味いのか?」

浪士体の男が若者にきく。
「食えば分かりますよ」
客と親父の諍いに、埒が明かぬと浪士体が声を上げた。
「早く蕎麦を出せ」
若者は、浪士体の顔を見やり「どのみち番屋に行くよ。おいらは五文しか銭はねえ。牢屋敷でも獄門でもかまわない。どうせ、飯食ってから死のうと思って適当な場所を探してたんだ。最後の最後までツイてねえ。こんな糞不味いものが、この世の最後の飯だなんて・・・ 」
と溜息を吐き、重苦しい灰色の空を見上げた。
「なんだとっ、言わせておけばっ!」
浪士体は台に肘を着き「おやじ、待て」と宥めてから、若者の頭から草履までを見やる。
「死に場所ねぇ・・・」
浪士体は流し目で、若者の顔に視線を戻す。
「皮肉なもんだ・・・飢饉に喘ぎ、生きたいとすがって死んでいく者もあれば、死ぬ間際の最後の蕎麦が不味いと怒る野郎。この御時世、お前さんが言う通り、誠、理不尽なもんさ。おいらが蕎麦食ったら番屋に連れてってやる、だからちょっと待て・・・親父、さっさと蕎麦出せよ」
「へっ、へいっ」
不味いと言われ躊躇していた親父が、おずおずと蕎麦を出した。
「おめえの言う事が、理に適っているかどうか確かめてやる」
 浪士風情の男は一口二口と蕎麦を啜り、顔を顰(しか)めて箸を置く。

「確かにひでえ味だ、食えたもんじゃねえ・・・だが、勘定は勘定だ。こいつのも一緒に払ってやる・・・」
親父は申し訳なさそうな態度に変わり、ぺこぺこと頭を下げる。
「〆て三十文でいいな・・・」
それを聞いた親父は、浪人風情の男を睨み屋台の裏から回り込もうと菜箸(さいばし)を置く。
「おっと待った。親父、今年の正月に出た町触を知らねえのか?」
「町触ってなんだっ!」
「ふんっ、シラ切るつもりか。正月早々、蕎麦は二十八文から十五文にしろって値下令が出てんの知ってんだろう。それに加えて、おめえんとこの蕎麦は糞が付くほど、まじいって宿場中の噂になっている。この蕎麦つゆ、馬のしょんべんみてえな色で味がねえ。お前の屋台がぼったくっているって苦情がおいらの耳にも入っているんだ。おめえのやり方は詐欺だな・・・」
 親父は開き直る。
「冗談じゃねえっ!お武家だか浪人だか知りませんが、詐欺とは聞き捨てなりませんぜっ。醤油だって全く手に入らねんだから仕方ねえじゃありませんかっ」
「おめえは値下令を知ってたはずだ。天保八年一月付で蕎麦屋の組合に通達が出ている。それを知らねえって事はモグリで商売してんのか?蜘蛛の巣張るように、店先にも値段を出さねえで、客が食った後に勘定を要求している。これ以上、文句があるんなら、こいつと一緒に番屋に連れて行こうか?そしたら、二度と商売できなくなるぜ」
「すっ、すいやせん。御勘弁を・・・」
親父はびくりとして銭を受取る。
浪士風情の男は暖簾をかき上げ、振り向きざまに親父を睨んでから歩き出す。
「しょんべん蕎麦十五文って書いて置けっ。おう、ついてきな・・・」
若者も後に続いて歩き出す。

 

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   (江戸名所図会 四谷大木戸)

 

    (2)
 二人は、四谷大木戸に向かう。
道沿いの水路付近を歩いていると、柵に寄り添う番人が頭を下げた。
「おう・・・」
浪士風情の男はちょいと手を上げ、挨拶に応えながら進む。
後ろを歩く若者は、紋付を着てはいないが、恐らく役人なんだろうと察する。
「よう・・・」
浪士風の男が振り返った。
「あいつら、なんで水路の近くで立っていると思う?」
いざこざを起こした若者は「さあ・・・」と小首を傾げた。
「この水は御府内に送られる。長い玉川上水の所々に水番屋がある。その番人が、しょんべんなんかする奴や、洗濯、ごみ流しをする野郎がいねえか見張ってんだ。そんで、ここらで見張っているのは、ごみが流れてこねえかだけじゃねえ・・・なんだと思う?」
若者は気もそぞろに「水が澄んでいるか確かめておられるんですか?」と答える。
「それも一理あるが、もう一つはこの水路に身投げや死人を流す奴がいねえかを見張っている・・・飢饉で人が死にすぎて埋める場所もねえからって流す奴もいる。それに、どうにもならなくなった男女や親子心中なんかもな。御江戸の飲み水に死体が入っていたら、皆ころりと死んじまう。好き勝手に死なれちゃ困るって訳だ・・・分かるな」
死に場所を探していると言った若者を、振り向き様に冷めた眼差しを向ける。
「はい・・・」
若者は小さく頷き、視線を逸らす。
 浪士風情の男は更に話を続けながら歩く。
「去年の暮、丁度今頃の十一月だった・・・両国橋の近くで、おめえと同じように親子が屋台で飯を食ってから身投げしちまった。屋台の親父の話じゃ、その親子は全く死ぬ素振りなんて見せなかった。むしろ、美味いと言って親が子にもっと食えと、それりゃ仲睦まじかったって話だ。おめえが死に場所を探しているって言った時、ふっとその事を思い出した。ここ四、五年、身投げ、捨て子、行方不明が多くてな・・・」

 二人は大木戸近くの臨時番屋の前に立つと、中から声が聞えてきた。
「半っ」
「いや、丁っ。丁で決まりだっ」
「丁半、出揃いましたっ。ようござんすね、ようござんすねぇ~っ」
 浪士風情が、若者を連れて番屋の中に入る。
博打に夢中で、誰が来たのかも気付かない岡っ引きが四人。
伏せられたツボに這い蹲って、じっと見入っていた。
連れて来られた若者は、番屋で賭博ってどうなっているんだと、浪士風の男を見つめる。
その視線に、恥ずかしさと悔しさでかっとなる。
「良かねえやっ、すっとこどっこいっ」
ツボを伏せて取り仕切る岡っ引きの後頭部をぴしゃりと引っ叩く。
「痛ってえなっ、誰だこの野郎っ!」
岡っ引き連中が一斉に見上げた。
「げーっ、白沢様っ」
「ふん、人がわざわざ薄ら寒い日に出て行ったのを見届けてから丁半かっ、好い気なもんだなっ」
岡っ引き四人はぞろぞろと連座して、白沢と呼ばれる男に手を付いて謝った。
「すっ、すいやせんっ!」
白沢の怒りは収まらない。
岡っ引きの四人はそれぞれ顔を見合わせ、この場を何とか取り繕おうと愛想笑いで宥(なだ)めにかかる。
「いやぁ~っ、お寒い中御難儀で御座いました。丁度、見廻りに行こうかと思っていました・・・」
白沢は左手を刀にかけ、かたかたと震え始めた。
さいころとツボ持って見廻りか?ふざけんなっ。雁首そろえて、にやにやしてんじゃねえっ。さっさと廻ってこいっ!」

「へいっ」
四人は慌てふためき、つっかけに足を入れ、慌しく番屋から飛び出していった。
「行って参りますっ」
「おとといきやがれ、馬鹿野郎っ」
 白沢は縁側に腰掛け、足袋を脱ぐ。
付いて来た若者に足を洗って上がるように言う。
「あいつら、火鉢の湯もそのままで行きやがって・・・おう、そこに足洗い桶があるから自分でやってくれ」
若者は桶に水を入れ、足を洗うと畳に上がった。

「失礼致します」
 白沢は引出しから煙管を取り出し、火鉢に近づけ煙をふかして一服する。
「さみいな・・・」と若者にさらりと目を向けた。
「仲間内で丁半なんてやりやがって馬鹿ばっかだ。おめえもそう思わねえか?」
「さあ、博打はやらないので・・・」
「博打は御法度だもんな。一概にやるなとは言わねえ。でも、仲間内でやるってえのがくだらねえ。そのうち喧嘩になるか、借金背負って頭が上がらなくなるのが目に見えてらぁ。それも分からねえんだからしょうがねえ、しかも番屋でやりやがって・・・まあいいさ。おいらは、北町同心で窮民送り方出役の白沢信一郎ってもんだ。行倒人やら迷い人を見つけて身元を確かめるのが役目だ。だから、お前さんの望み通り連れて来てやった。早速だが、お前さんの名と国はどこだ?」

 若者は白沢信一郎が同心だと知り、丸い目を伏せて視線を避けた。
信一郎の哀れみとも蔑みともつかぬ眼差しに座を正す。
「名は、仙蔵と申します。甲斐の百姓でございます・・・どうぞ、こちらを御改め下さい」
仙蔵は荷物の中から往来手形を取り出し、信一郎に差し出した。
「なになに、甲斐八代郡各田村仙蔵。右者、この度、伊勢参詣に罷り出申し候。御関所を御通し下されますよう願います。万一、旅の途中で病気、又は病死したような場合は寺院や御役人の御慈悲を持ちまして、その土地の風習に従いお手当、御始末頂けますよう、この段、ひとえに御願い申し上げます。

天保七丙申年十二月廿日甲斐八代郡各田村名主冷嶋猪吉。※ 在方のもんか・・・さみいから湯でも飲め。歳は幾つだ」

(在方=江戸から五六里以上離れている者)

「二十六でござます。頂戴します」 
仙蔵は頭を下げ一口啜った。
「二十六か、若く見えるな。おいらと五つしか変わらねえのか・・・」
 信一郎は仙蔵とやらの神妙な態度と口調に純朴な気質を感じ取る。
岡っ引き連中は博打がばれた時、嘘を吐いて取り繕ろうとした。

大抵、そうやって自分を正当化しようとする。
  この仙蔵、喧嘩を吹っかけたが、蕎麦は確かに不味く五文の価値もないという主張も分らなくもない。食い逃げとなれば罪は罪だが、その愚直さが何となく気に入った。
信一郎は、仙蔵が死ぬということに同情した訳ではないが、その場の気まぐれで驕っていた。
ひどく不味いせいもあったのかもしれないが、どことなく憎めず、詳しい素性を調べる。

 

 窮民送り方出役同心の役目は、飢饉の際に創設された、臨時的な役目。
天保の大飢饉が五、六年続き、近在遠方より江戸に流入民が大挙し、餓死者、行倒人や乞食で溢れ返った。
 また、江戸の界隈でもその日暮しの者が長屋を追い出されるなど、およそ六、七十万人が幕府の金米の施しを求めて行列を成していた。
捨て子、妻子捨て、夫の病死等、行き場のない女も溢れ、佐久間町だけで月に百六十人ほどが御救小屋に殺到。
 当初、御救小屋は佐久間町一箇所に設置したが、天保七年三月に新たに三箇所増設した。
だが、肝心の辻番や自身番の者が、行倒人迷い人を御救小屋へ連れて行かず、見て見ぬふりをしていた。
その為、江戸町奉行所が、窮民送り方出役を急遽配置、増員し、町場で行き場のない者や病気の者を医者に見せるなどの任に当たっていた。
人道的配慮もあったが、治安の悪化と疫病の流行を恐れた為の措置であった。

 信一郎は、仙蔵の手形に一通り目を通し、煙草の煙を天井に向けてふうと吐いた。
「この往来手形は去年のものだ。伊勢詣りが終わって死ぬってどういうこった。御蔭様で死ぬってか?訳が分からねえ」
「実は、まだ行っておりません・・・」

 

   仙蔵が江戸に出てきた顛末は、天保七年八月に甲斐一国が騒乱となった、郡内騒動だと語り始めた。

 

   

                        (3)へ続く・・・  

 

 

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 ~トランスジェンダーの重量級選手のオリンピック参加から考える提案~            

 

        サービス管理責任者からの私見

 

   

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 (序)

  先日、ニュージーランドトランスジェンダーの重量挙げ選手が、同国の女子選手代表としてオリンピック東京大会に参加するというニュースが目に留まった。

 この選手、20代までは男子選手として活躍していたが、内面において違和感があり一度引退したという。

 体は男性ではあるが、精神においては女性である事から性転換の後、女子選手として返り咲き、NZの女子代表の座を勝ち取った。

同国のオリンピック委員会は、多様性に理解がある国だと思う。

 

 ただ一方で、女子選手側から考えてみると、マジョリティである女子選手の一人が選考から落ちてしまっているのも事実。

 この事例は、なにもNZに限った事ではなく、いずれ日本もこうした課題に直面するだろう。

そういった意味でも、今回のオリンピックは重要である。

 

 マジョリティである女子選手とマイノリティのトランスジェンダーの選手。

 今後のオリンピック選考会、予選会において慎重に検討しなければならない一例となったのは確かだ。

 

 そもそも、男性の体と女性の体は明らかに違う。

誰もが周知の事実である。

したがって、スポーツ競技において男子、女子と「区分」されたのは言うまでもない。 

 競技において男女を区分する事は、通例である。

これを一般的な考え方であり、マジョリティとするなら、NZのトランスジェンダーの選手の例は精神と体の問題から、女性として参加したいとなると、現制度では不具合が生じる。

 こうした希望は、当然少ない事からマイノリティとなる。

 ※ 焦点はほかにもあるが、ここでは言及しない。

 

 前例が少ない事例であるからこそ、非常に考えさせられる問題となった。

  

   (1)

 

  私は障がい者雇用促進、職業訓練、生活介助などに携わっていた。

パラリンピックではないが、障がい者スポーツ大会等にも同行した経験から、自ずと記事に引きつけられた。

 

  結論として、なにが言いたいか?

 オリンピック選手とパラリンピック選手が、同じ競技に参加する種目を新たに創設してはどうだろうか? 

 

 その意図として、

パラリンピック障がい者という枠ではなく、

多様性ある開かれた大会としてはどうだろう?

 

「マジョリティとマイノリティが互いに折衷し、オリンピックとパラリンピックを協力して改善する」

 

 私のいうマイノリティは、健常者、障がい者に限らず、社会的に立場が弱い人も総合した意味を含んでいる。

 トランスジェンダーの選手が女子選手として参加する賛否を明確にするより、もっと広義の意味で新たな選択肢と有益性の模索を今大会が切欠になって欲しい。

 

 オリンピックに限らず、今後の課題としてマジョリティとマイノリティの分断、齟齬(そご)が生じる懸念から、この東京大会を起点とし、次大会からのオリンピックの指針となるよう「折衷」「協力」と「改善」により、意義のあるものになって欲しい。 

 また、健常者は社会保障を受けづらいという現実も、障がいのある方に知ってもらいたい。

そして、健常者に対して協力できる事が有ればしてもらえればと考える。

 

 これが「折衷」と「協力」と「改善」である。

 

     (2)

 

  次に、オリンピック延期となった最重要原因を避けることはできない。

中国発祥のウイルスによって(地域差別表現ではなく、事実の整理)、

昨年2020年開催予定だった、オリンピック東京大会が1年延期となり、残すところあと1ヶ月弱となった。

 

 しかし、世界がパニックの中、観客の有無の問題もあってオリンピック開催に日本国民は手放しでは喜んではいない。

 オリンピックを楽しみにしている人もいるが、現在も中止を求める人もいる。

   日本は民主国家であるから意見が割れ、紛糾するのは当然だ。

  こんな事はスペイン風邪以来の前代未聞の事態で、意見が割れるのは仕方ないとしか言いようがないが、ある意味健全だ。

今一度繰り返すが、ウイルスが世界中を恐怖に陥れている最中の大会となる。

 また、日本一国の問題だけではない事を念頭に置かなければならない。

 

  1年前、一都民の意見としては、2点の理由から「中止が望ましい」と考えていた。

①今後も多数の死者が出ることが予想され、私が生きていても経済は疲弊し、生活が維持できるか心配で、お祭り気分にもなれない。

②日本が開催できたとしても、海外の国々がオリンピックどころではなくなる。

 あれから1年後の現在、多数意見であったからだと思うが、開催となった。

あと30日を切っては妥協するしかない。

 

 反対していた私は、いつしかマイノリティの立場となった。

 自分がいつマイノリティの立場になるかは分からない事の一つだろう。

 

 先にも述べたとおり、「マジョリティとマイノリティが互いに折衷し、オリンピックとパラリンピックを協力して改善する」大会となる事で、平和の祭典が一部の組織だけでなく、全体的に意義あるものになって欲しい。

 少数派、障がい者だけでなく、このコロナウイルスの派生的事情により、社会全体的に明日をも知れぬ憂目に直面する人々が増えてしまった。

(私も含め、予定が立たない)

 

  今日は健康だが、明日明後日、病気になるかもしれない。

また、事故にあって障がいを負うかもしれない。

更に、近親者が他界し、その悲しみから精神的に体調を崩すかもしれない。

突然、職場を解雇、倒産することだって予想される。これらは決して、他人事ではなく自分も社会的弱者となる可能性が多分にある。

 

 上記の様な経験、事例に接してきた中で、多数派であるとか、健常者であるとか、はたまた、障がい者といった区分は、薄氷の壁の様にしか捉えらない。

実際、私も倒産を経験し、翌月の生計が立たなくなった事があった。

 

 平穏無事である事が、明日も明後日も10年後も続くと思いがちだが、それは幻想だ。 

偶然、平穏な日々が連続し、生きているにすぎない。

日本は特に自然災害も多く、事故などに遭遇しやすい。

そして、今回のコロナ・ウイルスによって、どれだけの人々が傷ついただろうか?

 

  オリンピックは、選手だけのものじゃない。

それを支える人々はむろん、全く接点のない国民の税金が多額に使用されている。

妙なもので、大多数である国民は、日々の生活が苦しい中、節約して税金を拠出している。

多数派なのに弱者なのだ。

 オリンピックを、IOC及び、政府、東京都知事は是が非でも意義のあるものにしなければならない。

自分たちの利権や名誉の為に、日本を利用し無理矢理開催するならば中止してもらいたい。

 

 オリンピックに使用された税金で、どれだけ生活に困った人々を救えるのか。 

これをよくよく考え、その代償に相応しい大会にしてもらいたい。

 

   (3)

 

 日本財団 パラリンピック・サポートセンターによると、

パラリンピックの4つの価値」として以下の様に図で説明している。

 国際パラリンピック委員会(IPC)は、パラリンピックに出場するアスリートたちが持つ力こそがパラリンピックを象徴するものであるとし、以下の4つの価値を掲げている。 

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   (出典)日本財団 パラリンピック サポートセンター

 

 ※IPC発表の英語表記は「Equality」でありその一般的な和訳は「平等」ですが、

「平等」な状況を生むには、多様な価値感や個性に即した「公平」な機会の担保が不可欠です。そしてそのことを気づかせてくれるのがパラリンピックやパラアスリートの力である、という点を強調するため、IPC承認の下、あえて「公平」としています。

 

 冒頭に挙げたNZのトランスジェンダーの選手に対する多様性。

 

まさに、パラリンピックの「価値」に即していると思う。

 しかしながら、パラリンピックの注目度は、オリンピックに対し、中継も少ない故に決して高いとは言えない。

 

 したがって、この問題の解決策は、性別を問わずに混合競技を新たに設ける。

要するに、男女混合レースの追加である。

例えば、混合短距離100m走では、オリンピック選手もパラリンピックの総合100m走に出場する。

距離が長ければ50mにすればいい。

(折衷案を出し合う)

 

こうすれば、パラリンピックも否応なく注目度が上がり、「公平」「平等」なレースが実現する。

時間がないなら、各国選手のスケジュールも鑑みて、日本国内選手限定でも良いと思う。

 勝ち負けよりも「参加する事に意義がある」という、オリンピックの理念をも抱合する事につながるのである。

 

 更に、その一部売上金をホスト国の健常者の生活困窮者(父子、母子家庭も含む)にも分配する。

  何故、健常者なのか?

障がい者には障がい者年金が支給されるが、健常者は生活保護ぐらいしかない。

その健常者も、日頃多額の社会保障費などを拠出するための税金を支払っている。

(※本当に税金、年金が高い)

 しかし、いざ倒産、病気、けが等で働けなくなり困窮した時、生活保護を申請しても申請者の親、兄弟、親類まで援助できるか調査される。

緊急事態である時に、そんな調査をしていたら時間がかかってしまう。

それに、最初から親族を頼れるなら生活保護を申請しないだろう。

 ※意図的な詐欺行為は除く。

 

 生活保護受給開始されても、途中で打ち切られてしまう可能性も高い。

私がどうしても忘れられないのは、「おにぎりが食べたい」と書き残して餓死した男性だ。

この男性は、生活保護を打ち切られた1か月後に遺体が発見された。

これは発展途上国の話ではない。

 

 日本の北九州市の出来事だ。

健常者であったが故の出来事。

 介護プランもなければ、就労支援プログラムがあったとしても名ばかりだ。

ただ仕事を紹介すれば良いというものではなく、困難な状況において少しずつ段階を追って、就業にまでつなげるような支援でなければ意味がない。

 

 私は、サービス管理責任者の義務である講習に参加した時も思い出す。

利用者に対する虐待、加害等防止に対する講習はあったものの、支援者、介護従事者、福祉事業施設の就業者に対する保護、労災等の講習がなかった。

 福祉事業に勤める人に対する配慮の講習がほとんどなかった事に愕然とした。

利用者からのセクハラや暴力、他害、暴言が日常的にあるのに対し、施設側は職員を守らない事が多い。

賃金も安いため、当然離職者も多いのが実情。

事業者側も、利用者第一という考えも大切だが、働く職員の健康と安全を確保しなければ、

事業の存続も危い。

 

 全ては人があってこそ、仕事が成り立つのだから。

私は決して綺麗事を並べている訳でない。

福祉事業において、慢性的人材不足である事実から改善に早急に取り組まねば存続は危いから述べている。

 

 健常者も障がい者も平等に、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を持っている。

 

 どちらが大変であるとか、どちらが生きづらいであるとかは比べようがない。

人それぞれの状況によって、全く違うからだ。

体が健康でも、苦しい状況の人は多い。

特に、このコロナ・ウイルスによって、人生を180度変えられてしまった人も多く、身近にもいる。

 

 人それぞれ千差万別であるが、誰もが「悲しみ」を抱えているのは共通していると思う。

思うような人生を歩んでいる人など、ほんの一握りだ。

大抵の人は、不安や悲しみを抱えて生きている。

 時には八つ当たりしたくなる時も、喚き散らしたい時もある。

でも、それは自分だけじゃない。

誰もがそういったやりきれなさを抱えて生きている。

 

 話を元に戻すと、今大会のオリンピック、パラリンピックの経済効果はわずかだろう。

であるなら、苦しい経済状況下の日本国民が我を押し通さず、助け合う大会とすべきではなかろうか?

健常者、障がい者、マジョリティ、マイノリティが協力する機会となって欲しい。

 

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  (4)

 

 文句を言うだけなら誰でもできる。

せっかく開催するなら、良いものにしてもらいたい。

 よって、オリンピック、パラリンピック東京大会2020のテーマを、勝手に提唱して終わりたい。

 

               「KAIZEN」

     (改善)

 

  KAIZEN(改善)という言葉は、日本人ならば多々使用する。

恥ずかしながら、私は薄学な為、最近になって英語でもKAIZENとして表記され使用されていることを知った。

※「とっくに知っていたよ!」という方もいらっしゃるでしょうが、怒らずにあともう少しお付き合い下さい。

 

 欧米では「KAIZEN」という概念がなく、日本独自の概念であるという。

 

①「品質を向上させ質を高める」

②「少しづつ改良する」

③「悪いところを良くすること」

 

 オリンピックも改善(KAIZEN)の余地は十分にある。

IOC会長の選考(人種)など多々問題があるが、まずは多様性「equality 」のKAIZENから第一歩を踏み出すのが望ましい。

 

 この日本ならではの概念「KAIZEN」を掲げ、今後のオリンピック転換点となるマイノリティとマジョリティの折衷案、協力を構築する事を始めて頂きたい。

 オリンピック、パラリンピックの理念は立派だが、上っ面ではなく、はたしてどれだけ実現しているのだろうか?

 ※企業理念、福祉事業の理念も、立派な文言が多い。

 

 この祭典の影では多くの人々が支え、他方、明日を生きる為に希望を求めている人がいる事を忘れてはならない。

 

特に今、祭りどころではないという人にこそ、希望を持たせる大会でなければ、関係ないし、

それどころじゃない。

 


 ※1964年の東京大会でも、大会直前まで開催に対して中止や否定論が多かった。
しかし、いざオリンピックが始まり、日本の選手が外国人選手との競技で活躍することにより、日本国民が元気づけられた。
敗戦によって打ちひしがれた日本人に希望を与えた事を忘れてはいけないと思う。

             
   今こそ、このコロナ渦において、私も含め、希望が欲しい。

  

 

 (改訂追記)

 人は誰かの役に立つ事で、自身の存在に意味を見出せるものだと思う。

健常者、障がい者、マジョリティ、マイノリティに関係なく・・・。

 

 

 そして、私は夕食として、クオリティの低いオムレツと

ペヤング超大盛やきそば(改)を食べる。

※鶏肉の細切りを炒めたものが焼きそばに投入してある。

 

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 ※超大盛やきそばのカロリー 1081kcal

 

                                  (終)

【 クリスマス・イブのハローワーク 】全2話 ①

 

    (序)

 

 ハローワーク新宿の裏手には青梅街道が走る。

その傍に、立ち食いそば「二代目泉屋」という店がある。

 

 今年53歳になるという、少々赤ら顔で小太りの店主の名は、内田勝・・・。

26歳から起業し、紆余曲折を経て、立ち食い蕎麦屋を引き継ぐ事に至った心温まりそうな話であり、元気が出そうなフィクションである・・・。

 

   (1)


 私は空腹を満たすつもりで、ふらりとこの店に立ち寄ったら、天ぷら蕎麦の美味さに驚いた。

蕎麦のコシと風味、つゆの味わいには鰹節のコクにすぐに既製品ではないことが分かった。

 

 かき揚げもさっくりとし油っこくない。

春菊の香りもほんのりと鼻から抜けた。

 

 これが¥360。

私が心配するのはお門違いだが、こんなに大盤振る舞いをして大丈夫なのかと、深みのあるつゆを飲む。

更に2口3口と続けて飲んでしまう。

 

 美味い・・・

舌の上で確かめる様に口に含む。

何故だ・・・

謎は深まるばかり。

どうしてこの値段でこんなに美味いんだ・・・

 

思わず蕎麦から店主に目を向けた。

 微笑みを讃え、柔和そうな店主の面持ちに親しみを感じる。

恥ずかしさもあったが、世間話を交え開業の経緯を聴いたのが不覚だった。

 

 穏やかな雰囲気とだと、勝手に私が思い込んでいたに過ぎず、なかなかの我の強さで長話に付き合わされる事となってしまった。

 

「お値段も安いのに、この立地では大変ではありませんか?」

すると、朗らかな内田の表情が一変。

「この場所に出店したかったんです・・・。というよりも、この場所じゃなければ出店する意味がない。つまり、私の原点っ。分かりますか?この気持ち、この魂っ。お前に何が分かるっ!」

 

 分からないから聴いているのに、いきなり何が分かると勝手に火がつき怒り出したので意味が分からず、ふと息が漏れてしまった。

「笑ったなっ?」

「笑ってない・・・」

「顔がひくひくしているじゃないか」

私は頬に手を当ててごまかした。

「ちょっと歯が痛いんで・・・」

「ふんっ、笑いたければ笑うがいい、これには深い事情があるんだ。私が蕎麦屋になろうと決意したのは、約20年前のクリスマスイブ、寒い日だった。ハローワークの帰り道・・・」

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 自慢話が多いので、掻い摘んで彼の履歴を追う。

 

 内田勝は大学卒業後、南北シカゴ大学に留学し、経営学を専攻。

同大学で、モデルのような彼女をゲットしたという。

 なんのモデルかは謎だが、彼女は絶世の美女でハリウッドからも出演の依頼がくるほどだったと強調した。

 また、彼女の実家が資産家で、毎晩のようにパーティーが開かれていたとも語る。

なんのパーティーかについても謎だが、とにかく彼女が自慢だったらしい。

 「アイム イン ヘブン〜♪」とミュージカル調の鼻歌の後に「天国にいるような日々だった」と、怒りから一変してニヤつき始め、対処の困る。

 内田の感情は起伏が激しそうなので下手な事も言えず、私はとても後悔をしながら伸びた掻き揚げそばを見つめるしかなかった。

 

 内田の回想は止めどなく溢れ出て手がつけられない。

 

 留学期間が終了し、モデルのような彼女を残して、日本に帰国。

理由は、彼女の父に認めてもらうために一旗上げる事だったという。

アメリカ仕込みの経営学を生かし、イギリス風の明るい雰囲気のパブ経営に乗り出した。

 

 内田は勝算があったと語る。

居酒屋などを3軒成功させれば、チェーン店として展開できるらしい。

 また、開店から2年存続できれば、50%の店は5年持つ可能性が高いと言われている。

 

 裏を返せば、2年足らずで50%の飲食店が閉店。

10年以内に残りの90%が倒産するという過酷な現実でもある。

 

 景気低迷が続く1994年12月。

内田は新宿3丁目に、イングリッシュ・パブをオープンさせた。

固定客も掴み、売上げは好調だったらしい。

 開業2周年を迎えた96年。

オープン記念日にドリンクを全て半額にした。

常連客も大いにその日を祝福し、満席御礼。

 急遽、翌日から2日間イベントを継続させることにした。

多くの客、新規の来客を目指し、2時間制で初回のドリンク無料、2杯目以降半額。更なる客が集った。

学生、女性、サラリーマン。ご隠居、マダム等、幅広い年齢層にも周知できた。

 

 最終日の23時過ぎ、前日から顔を見せるようになった、呑んだくれのオジイが、オーナー兼マスターである内田にクダを巻き始めた。

「なあ、マスターよぉ。今年の流行語、知ってるかい?『友愛』だとよ。宇宙人に友愛叫ばれても、まともな話ができる訳もねえってんだ。大体そういう事を言う奴は、侵略者かウソつきに決まっている。土鳩山なんて豆鉄砲で撃たれりゃいいんだ。パパンってな、ヒック・・・」

 

 内田は適当な相槌をして受け流しつつ、話を逸らそうとオジイの首元に目がいった。

ネックレスの様にぶら下がる小さな木の板がちらりと見える。

「それ、なんですか?」

「こいつかい?喧嘩札ってんだ。喧嘩する時に名乗るのが面倒だから、この札を見せてからぶん殴ってやるんだ。昔は『疫病神の茂三』なんて妙なあだ名をつけられたもんよ。俺に出会うとやられるってな。最近はイセイのいいのがいねえからつまらねえ・・・」

 

 内田が愛想笑いを続けていると、店の外で言い争う声が聞えてきたという。

 

 「痛えな、この野郎っ。てめえどこのもんだっ!」

「うるせえ、ハゲっ!」

 「ハゲって言うお前もハゲだろうっ!」

「ハゲじゃねーよっ、スキンヘッドだよっ。眉毛と一緒に剃ってんだ。ブチ殺すぞっ!」

 

 只事じゃない怒鳴り合いに、内田は慌てて外を覗いた。

5、6人の男たちが殴り合いの喧嘩を始め、これはエライことになったと身構えた。

 しかも全員、毛がない。もしくはボーズ頭。

誰が誰だか分からない。

まるで、映画「ワイルド・スピード」の様で見分けがつかない。

 

 オジイの茂三は、外のケンカを目を輝かせ「おっ、喧嘩だ喧嘩だっ。ハゲタカの抗争だっ」と騒ぎ立てた。

 茂三は、打って変わってウキウキと腕を捲くり、店のドアを開けて煽り始める。

「やっちまえハゲ共っ!矢でも鉄砲でも撃ちまくれっ。撃って撃ってうちまくれーっ。全弾命中、共倒れっ!」

 

 内田は、ケンカを煽る茂三を店内にひき戻そうと首根っこを掴むと、茂三は足元がふらついて倒れた。

 争っていた連中は、その声にケンカを止め、一斉に店を睨みつけた。

そこには、内田しか立っていない。

 

 ヤクザが懐に手を突っ込んだ。

「てめえかっ!ハゲタカ呼ばわりしたのはっ!」と店に1発打ち込んだ。

「きゃーっ!」

客たちは銃声に驚き、右往左往のパニックに陥った。

 内田も恐ろしくてうずくまり店内に隠れたが、酔っ払った茂三はグラスを外に投げつけた。

「へたくそっ、ハトも殺せねーぞ。そんな豆鉄砲なんかきかねえよっ、バ〜カ」

「なんだとぉっ、だったらてめえの汚ねえツラを蜂の巣にしてやろうじゃねえかっ!」

それまで対立していた組員同士が、意気投合。

5、6人が銃を引き抜き、内田の店に向かってバスバス撃ちだした。

 

「ぎゃーっ!」

悲鳴を上げる客たちを、内田は裏口から逃がすので精一杯。

 そんなことはなんのその、酔っ払いの茂三は夢とも現実とも付かぬ酩酊ぶりで尚も煽る。

「ぶははっ、どこ狙って撃ってやがる。ここだよ、ここだよ〜んっ!」

茂三は立ち上がって、自らの両耳を引っ張り上げて、べろべろと舌を出す。

「ハゲのスポック船長は、ここだよ〜ん!」

「クソジジイっ、店ごとあの世へワープさせてやろうじゃねえかっ!」

さすがのヤクザも人は狙えないと思ったのだろう。店先のオブジェの樽に撃ち込んだ。

「どこに目をつけてやがるっ、それは樽だよ、た〜るっ。やいっ、火星人どもっ、ヤサイ・ジュンイチ呼ぶぞ、タコっ!」

「屁こきジジイっ、この店ごとぶっ潰っしまえっ!」

バスバスと銃弾を店に撃ちかけられ、ガラスは全て打ち抜かれる大惨事。

「うわーっ、やめてくれーっ!」

内田の叫びも虚しく、ウィスキーの瓶やグラスもほとんど床に砕け散った。

銃を撃った男たちは、すぐさま逃げ失せ、あれだけ騒いで酔っていたジジイの茂三もいつの間には消えていた。

 

 20分ほど遅れて、警察官2名がダラダラとメロンパンを食べながら現れた。

「ラッキー。先輩、これ生クリーム入りです」

「えっ、マジで?いいな〜っ、俺のは入っていないタイプだ。遅くなりました〜っ、なんだかだんじり祭の後みたいですね〜ぇ」

「先輩、どっちかって言ったら、臭いからして中華街の爆竹の後って感じじゃないですか?」

 

「ここは岸和田でも中華街でもねーよっ!見りゃあ、分かるでしょうがっ!暴力団に銃で撃たれたんですよっ!」

 

 

 銃撃戦の再来を恐れた客たちはみな離れ、内田の店はきっちり2年で閉店に追い込まれてしまったという・・・。

 

    (2)

 

  内田に損害保険がおりたのは、その半年後だった。

 今度は場所を変え、心機一転、新宿5丁目付近で木造物件を見つけた。

 

 木の温かみを活かし、外装をロッジ風に化粧して、来訪客の心を癒したいという強い信念(前の店がトラウマ的な恐怖の記憶となってしまった為)で、店名は「To heal the heart」と前回同様のイングリッシュ・パブを再開したという。

 陽気な音楽、独りでも気軽に立ち寄れるオープンな店構え。

チャージも取らず、料理の価格もお手頃にした。

ここに移ると、前の常連客も安心して戻り、前店を凌ぐ活気溢れる酒場となったという。

 

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 店内の左側にサッカー中継、中央に映画、右にニュースなど見られるように3台のテレビモニターを設置した。

 

 ところが、オープンさせて半年後の11月中旬。

あの疫病神の茂三が、繁忙時間にふらふらと店に入り込んだ。

 内田は新宿区役所と税務署からダブルで税金と申告漏れの指摘を受けていた。

「新宿区は税金が高いくせに職員の態度は悪いしサービスもイマイチ、品川区を見習えよな。宗教法人からも税金取れっつーの。弱い者イジメじゃねえか・・・」

内田はぶつくさと文句を言いながら帳簿の付け直しに頭を抱え、事務室に籠って気付いていなかった。

 疫病神の茂三を知らない従業員もいたため、注文のまま酒を提供していた。

 

 この日、1998年サッカーW杯フランス大会アジア最終予選、日本vsイラン戦で盛り上がっていた。

 端的な経過は、日本が1点先取したが、後半に入り1-1の同点にされてしまった。

多くのサッカーファンが固唾を呑んで見守っていた。

 

 その中で、茂三のクダ巻きが始まった。

「あ〜っ、ダメだダメだっ。アジアでこんなに梃子摺ているようじゃ、日本がヨーロッパに勝てるわけがねえ。それになんだ、あの下北沢という奴はっ。武田鉄矢かと思った。むしろ、鉄矢を出して説教させろってんだ、ヒック・・・」

 

 当初、水をさすような茂三を客たちは無視をしていた。

しかし、イランが更なる追加点で逆転すると、茂三がそれ見たことかとシャシャリ出る。

「あ〜ぁ、なんたる体たらくっ!弱いっ、弱わすぎ〜っ。鉄矢を投入しろっ、イランをハンガーで殴りつけろってんだ」

 

 懸命に日本チーム応援していた若者の一人が、茂三に黙るように声を上げた。

「爺さんっ、くだらない事ばっか言うのやめてくれよ。みんな応援してんだから静かにしてくれませんかねーっ!」

「ヒック、お前が応援したからって勝てる訳でもあるめえ。応援したら何でも思い通りになるのか?だったら俺も応援するぞ、ヒック・・・」

若者は茂三の言葉に腹を立て睨みつけた。

 その友人が「おいっ、マサト。そんな汚いジジイ放っておけ。試合はまだ終わってないんだっ」と引き戻す。

茂三はカウンターテーブルにもたれながら、横目でひねた目つきでテレビを眺める。

「ふん・・・」

 

 若者たちの思いが通じたかのように、日本が同点ゴールを決め、2-2となる。

「わーっ!やったよ、城下〜っ!」

店内は歓喜で沸いた。

 

 茂三はバツが悪そうに、両耳に指を突っ込んで「いい気になるんじゃねえよ、うるせーなっ!」と喚くも、50人以上もいる客たちの歓声には歯が立たない。

 茂三を注意した若者が、一緒に喜びを分かち合おうと声をかけた。

「日本が追い付いたんですよっ!嬉しいじゃないですかっ」

「ヒック・・・でも、まだ試合の途中だろう、どうなることやら」

「おいっ、マサト。だから、うす汚いジジイは放っておけっ、近づくとゲロかけられるぞっ」と若者の友人が連れ戻す。

 

 試合は、この同点ゴールが決まってから日本が盛り返し、優勢に進む。

パブで応援する声は活気に満ち、輪に入れない茂三の独り酒が進む。

「ふんっ。どうせ、にわかファンのくせに、ヒック・・・。日本人なら野球だっ。そもそも野人ってなんだ、日本人じゃねえのか・・・」

 

 日本対イランは、同点のまま延長戦に突入。

若者たちの歓喜がどっと上がった。

「おおーっ、下北沢から野人岡野山に代わったっ。頼むぞ、野人っ!」

「や〜じんっ、や〜じんっ!」

内田のパブは、野人コールで盛り上がる。

テレビ画面には、野人・岡野山がズームされ、長髪をなびかせてグランドを走り回る。

 一人溶け込めない茂三がボヤく。

「なんなんだ、こいつも長髪じゃねえか。同じ長髪なら鉄矢を出せっ」

 

 テレビに夢中になる客たちは、一喜一憂をしながら応援する。

「いけーっ!」

茂三はグラスを掲げた。

「じゃあ、俺はハイボールいっちゃうよ。おねえちゃん、ハイボールくれっ」

 次の瞬間、店内は悲鳴にも似た雄叫びが上がった。

「よっしゃーっ、野人が決めたーっ、うおーっ、3-2だ!これで勝ちはもらったーっ」

歓声に驚いた茂三は、グラスを置いて耳に指を突っ込んだ。

「うるせーなっ!」

 

 若者が茂三に歩み寄る。

「日本が勝ったっ、みんなの声援が届いたんですよぉっ」

「ふんっ、お前はエスパーかっ!そんなもん届くわけねーだろうっ。脳内革命の勃発かっ、イラン革命防衛隊も呆れるわっ!」

 

 若者達は肩を組んで喜び、試合後のテレビに注目している。

「一緒に祝いましょうよ、日本がワールドカップの本戦に出れるんですよっ」

「おいっ、マサト。そんな汚いジジイは放っておけっ、残飯喰わされるぞっ!」

友人がテレビの前に連れ戻す。

 

 対する茂三は、若者達の声援が届いたようで面白くない。

「ふんっ、まるで神通力があるみてえなツラしやがって。だったら、こんなスプーンの1つや2つ、念力で曲げられるはずだろうが・・・」

茂三オジイはムカつきが治らない。

スプーンを2、3本手に取り「うーっ」と念を込めた。

「アホ、曲がるかっ」

茂三は無駄に力み、頭が痛くなって外に出た。

「クソ面白くねーっ」

持っていたスプーンを道路に向かってブン投げ、再び店内に戻った。

 

 

 バリバリバリっ!

ズズーン!

 

 天地を揺るがすよう豪音、地震の様な激しい揺れ。

客の歓声は、一転して本物の悲鳴に変わった。

「うわーっ、なんか突っ込んで来たぞっ!」

「きゃーっ!」

店内の客は衝撃で床に倒れ、パニックに陥った。

 

 事務室に篭って申告書を書き直していた内田もイスから転げ落ち、慌ててホールに飛び出した。

「うわーっ、とうとう区役所が吹っ飛んでくれたかっ?なんだこれはっ!」

 

 内田はその惨状を目の当たりにし、膝から崩れ落ちた。

重機を積載したトレーラーが店に突っ込み横転。

 

 木造の建物であったが故の不運。

屋根から右側半分が、ごっそりえぐられ、ほぼ全壊。

 幸い、客たちは左側のテレビの前に集っており、誰もいない部分が大きくえぐられた。

アームを曲げたパワーショベルが無惨に横たわり、茂三も腰を抜かして口を震わせる。

「おっ、俺が曲げたのか?・・・」

 

 額を抑えた運転手がトラックから出てきて、内田に平謝り。

「すっ、すいませんっ。窓を開けて走っていたら、突然スプーンが飛び込んできたんですっ。そんで、急ブレーキかけたら横転しちまってっ!」

 

 暗闇から警察官2名が棒を振りかざして現れた。

「ラッキ〜っ。先輩、このアメリカンドックのソーセージ、あら引きですよっ」

「えっ、マジで?だったらフランクフルトじゃなくて、そっちにすれば良かったぁ〜っ。あっ、どこかで見た顔・・・また、だんじり旧正月?」

「またじゃねーよっ!見りゃあ、分かるでしょうっ。事故だよっ、大事故っ!パワーショベルが突っ込んでるだろうっ!」

 

 これも疫病神の茂三の念力の仕業なのか?

 

 山小屋風ロッジのパブは再起不能

W杯の終焉を待たずして、取り壊された・・・。

 

               〈本作は、4年前に書いたフィクションです〉

                               

                             (第2話に続く)

【 クリスマス・イブのハローワーク 】全2話 ②  

   

   (3)

 

 内田に2度目の損害保険金が支払われるまでに時間がかかった。

保険会社が故意の事故の疑いがあるという理由で、調査に1年を要した。

 その間、内田は再び出店すべきか思い悩んだという。

あれだけ盛況だった店を他の場所で復活できるだろうか・・・。

そして、また一から創(はじ)めると思うと、気が重く振るわない。

 悪い時には悪い事が続くもので、遠距離恋愛を続けてきたアメリカのモデルのような彼女が、クリスマスを前にして別れを告げてきた。

こんなことなら、日本に帰ってこなければ良かった・・・。

 

 内田は店を成功させた暁には、彼女にプロポーズをしようと決めていただけに、その落胆はただならなかったという。

弱気になった内田は、充電期間をもうけようとハローワークに通って仕事を探した。

 まもなく、中堅の建設会社に入社するも、2年で倒産の憂き目にあう。

折角慣れてきた仕事だったのに地獄へ転落したと、内田は涙声で当時を振り返る。

 

「忘れもしない、あれは17年前のクリスマスイブ。あの日もハローワークに通っていた・・・」

 

 

 春夏秋冬。1年はあっという間に過ぎ去り、年の瀬に至る。

仕事が見つからぬ焦燥と独り身の寂しさがヤケに染みたという。

夕方5時を過ぎ、めぼしい仕事も見つからず落胆してハローワークから外に出ると、辺りはもう暗くなっていた。

 雪にもならぬ、ただただ冷たい風に吹き晒され自宅に帰ろうか帰るまいかと、

目的も定まらぬまま彷徨い歩いていたという。

部屋に戻っても食べ物も用意しておらず、作る気力もない。

 

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  寒さと空腹で立ち止まる。

辺りはクリスマスの文字とイルミネーションで埋め尽くされていた。

街は輝き、皆が幸せで、独りで歩いている人々でさえ、これから誰かと待ち合わせなんだろうと思えてしまう。

 世界でただ一人取り残された気分となり、オフィス街である都庁方面に道筋を変えた。

 北風とビル風が重なり、内田の行く手を阻む。

マフラーを口元まで覆い、抗うように人気の少ない場所を求めた。

 

 オレンジ色の灯りが一つ、ぽっと明るい。

内田はラーメン屋に近寄り、店先から中を覗く。

満席、しかも学生風の恋人同士ばかり。

看板を見れば、その頃評判になっていたラーメン店。

仕方なく、自分の部屋に帰ろうと青梅街道沿いを歩いて駅に向かう。

 

 途中、寂(さび)れた小さな立ち食いそば屋「泉屋」を見つける。

凍て付く手をズボンのポケットの中に突っ込んで暖めながら店の中の様子を窺う。

 

 幸い、客はいない。

年配の女将さんらしき人が、高い位置にあるテレビを見て休憩していた。

この店だけが、いつもと変わらぬ時間が流れている、そう思ってドアを開けた。

 女将さんは、内田が入ってくると気だるそうな目を向け「いらっしゃ〜い」と、重い腰を上げた。

客のことよりも、テレビを見たいような印象だったと言う。

 

 一般的な店は、カウンターにテーブル台のような張り出しがあり、立って食べるか、小さな椅子に座って食べる。

この店のカウンターにテーブル台はなく、窓と対面する位置にテーブル台が備え付けてあった。

その台の下に、バックなどを引っ掛けるフックがある。

景色を見ながら食べると言った方が分かりやすいかもしれない。

 内田は掻き揚げそばを注文。

空っぽの手提げカバンを台の下のフックにかけ、寒い手を擦り合わせてそばが出てくるのを待っていた。

給水機のお茶のボタンを押して、湯のみ茶碗を両手で包んで温まる。

女将さんは、天ぷらの揚がり具合を見ながら、テレビが気になって仕方がないといった様子でチラチラと見ていた。

客にものすごい関心を示す店員よりは良いが、客よりテレビに夢中であることに、言い知れぬ虚しさが込み上げてきた。

 内田もテレビ画面に目を向けると、海外のクリスマスを中継していた。

華やかなイルミネーション・・・。

 

 今は昔、アメリカ留学の甘い日々を見ているかのような気持ち。

彼女は、今頃どんな時間を過ごしているのだろう・・・。

 

「はいよ、掻き揚げのお客さん」

現実に引き戻された内田は女将さんに360円を手渡し、窓の外を眺める台にお盆を置いた。

 

 外はもう真っ暗になっていた。

窓には薄っすらと、丼を前にした男が、独り映っている。

内田はそんな自分が嫌で堪らない。気を取り直して、湯気が立ち上るつゆの中に割り箸を入れ、そばをすくい上げた。

窓に吹きかけるように、ふうふうとそばに息を吹きかける。

たちまちガラスは曇り、自らの顔が見えなくなった。

揚げたての天ぷらをわずかにつゆに潜らせて、一口大に割って口に入れる。

さっくりとした歯ざわりをはふはふと味わう。

 つゆは、少し煮詰まってしょっぱいと思うが、それでいいと、また啜る。

塩分が強ければ、血圧も上がって温まる・・・。

内田はわずかでも忘れようと、そばと掻き揚げに意識を向けた。

そばを半分ほど食べると、湯気も落ち着き窓ガラスの曇りも消えた。

 時が進むに連れ、外の眩いイルミネーションが輝きを増しているように思えた。

青梅街道に面した、この小さなそば屋の前をサラリーマンが続々と駅に向かう。

内田はこの時、漠然とした寂しさというよりも悔しさ、あるいは、対抗心にも似た感情が芽生えたという。

通行人の誰に対してという訳でもないが、「俺は営業帰りで、今、やっと飯を食っているんだ」と心の中で言い聞かせた。

忙しいビジネスマンを独り演じる内田は、ちらりと時計に目をやったり、ありもしない予定を確認するように手帳を広げたりしてそばを啜った。

 

 内田自身も分かっていた、失った良き日々、理不尽な現実。

頑張って探しても、仕事は見つからない。

誰も自分を馬鹿にしていないのも分かっているが、被害妄想が突き上げる。

漠然とした不甲斐なさと恥辱が圧し掛かり、空白の手帳から顔を上げられなくなった。

 

   どうすんだ、これから・・・。

 

  内田は食欲を失い、箸を置く。

 

 そば屋の裏口がカラカラと開くと、女将さんが文句を言い出した。

「ちょっと、あんた。店放り出して呑みに行くのはやめてよっ」

「うるせえなぁ。どうせ今日みてえな日は、客なんか来やしねえよっ。そば屋にとっちゃあ、サンタはサタンだっ」

「お客さんがいるんだよ・・・少しは仕事してよ」

「分かったよ、ガイコツばばあがガタガタうるせえ・・・」

「あんたなんか、口の悪い子泣きジジイじゃないのさ」

「うっせーっ」

 

 内田はそば屋の夫婦が厨房でいがみ合っているのを聞くと、ほっとした心地になった。

 辛い時期にクリスマスを迎えると、感じ方がまるで違う。

たった一日か二日間限定の幸福感と善意の押し売りに映り、商業的な虚構のでっち上げに思える。

 

    もう疲れた・・・。

 

テレビから「メリークリスマス」と聞こえる。

 

溜息と共にうつむくと、目頭が熱くなる。

 

 

 パチパチと音が聞え、内田は振り返る。

「良かったら、これどうぞ。メリークリスマス・・・」

店主が手に持っていたのは、小皿に乗ったお稲荷さんが2つ。

そのお稲荷さんの一つに、カクテル用の花火が突き刺ささり、もう一つのお稲荷には、火が点った仏壇用のローソクが、直じかに突き刺してあった。

 

 内田は慌てて「いいよっ、いらないっ、いらないよーぉっ!」と両手を振って、窓辺の台に載せないように懇願するが、「遠慮するなよ、お客さんっ」と押し切られてしまった。

 それまで誰も気にも留めなかった寂れたそば屋の窓辺に、突如として小さな花火、一本のローソクが輝いた。

内田は、まるで晒(さら)し首になったかのような恥ずかしさに耐えられず、立ち上がろうとすると背後から肩を押さえつけられ、逃げられなくなってしまった。

 

 窓に映った背中越しの店主が、目をかっと見開く。

「元気出せっ!」

内田は、店主の豹変ぶりに驚いた。

「ここで長年店をやっているから分かるんだよ。あんた、ハローワークの帰りだろう・・・」

 

 内田は恥ずかしさと情けなさで涙が溢れそうになり、うつむいた。

「やめてくれ・・・」

店主は更に肩に力を入れて鷲づかむ。

「恥ずかしいかっ!そうだっ、恥ずかしいに決まっているっ。こんなクリスマスにケーキじゃなくて、お稲荷に花火とローソクが突き刺さっているんだからなっ」

内田は更なる屈辱を受けたと思い「帰らせてくれっ」と声を上げた。

 

 「ダメだっ。名前は忘れたが、ある戦国武将が言っていた。馬上に乗って臆する武将に、『顔を上げよっ、相手も同様に臆しておる』とっ。その叱咤激励に、武将が顔を上げると、敵の足軽はほとんど農民で、馬上の侍大将も眼を伏せていた。我に返った武将は活路を見つけ、見事敵将討ち取ったという・・・。つまり、みんなが勇ましい訳でも、上手くいっている訳でもない。臆すれば大軍にみえるものだと、織田信長も言っているっ。だから、辛くても顔を上げて、活路を見出せっ!」

店主の勢いに乗せた武将格言に、内田も負けじと声を上げた。

「適当な事を言うなっ!」

「恥ずかしくても、悔しくても、顔を上げよっ!」

「いやだっ、帰らせろーっ!」

 

  店主がぐいぐいと内田の顔を上げさせようともみ合ううちに、双方とも疲れて気が抜けた。

首の痛さに内田が上向くと、自分と後ろから押さえつける店主が、花火とローソクの明かりに照らされ、ガラス窓に映っていた。

 店主の首元には、木札、いや、喧嘩札がぶら下がる。

「ああっ!あんた、もしかして疫病神の茂三かっ?!」

「なんで知ってんだ・・・」

「忘れたとは言わせないぞっ。新宿のパブでヤクザを煽って。そして、パワーショベルが突っ込んで、俺の店をめちゃくちゃにしやがってっ!」

「あっ、あん時の・・・」

二人の小競り合いに驚いて、女将さんが出て来た。

「どうしたの?」

 

 内田は、女将さんにこれまでの経緯を全て話す・・・。

 

「あんたったらっ!この人が可哀想じゃないのさっ」

 疫病神の茂三は、「すまねえ・・・でもよ、あんたは今顔を上げたから俺の事が見えたんだ。ずっと下を向いていたら分からなかっただろう・・・」とバツが悪そうに内田を見つめた。

「屁理屈こいてんじゃねえっ、俺は無職になっちまったんだぞっ」

内田の怒りは収まらない。

 

 困った茂三は、「この店は大久保の職安近くから場所を移したけど、かれこれ40年やっている。罪滅ぼしと言ってはなんだが、そば打ちを教える。もちろん給料と衣食住の面倒もみる・・・」と持ちかけた。

 

 内田は飲食店で40年続いていると聞き、稲荷寿司に突き刺さるかわいい花火に目を向けた。

恥ずかしさも吹き飛び、窓の外に視野を広げて覗いてみる。

 さぞかし大勢の野次馬がいるのかと思いきや、いつもと変わらぬ様子で人々が駅を目指して通り過ぎる。

内田は、自分が思う以上に見られている訳でも、馬鹿にされている訳でもないと知る。

 

 窓に映った自分を、誰よりも卑下し蔑げすんでいたのは、内田勝本人だと・・・。

そして、疫病神の茂三に、そば屋経営を学んだという。

 

 

   (4)

 

 「だから、私は区画整理で一度は立ち退いた店を、ハローワークの近くのこの場所で再建しなければならなかったんです。そして、クリスマスには義父(オヤジ)にならって、お客さんを励ましているんです・・・」

内田は腕を組んで、遠く空を眺めていた。

 

 「お待ちどうさま〜っ」

厨房の奥から、割烹着姿の中年女性が現れた。

お盆に載せたそば。そして、稲荷寿司からは、激しい火花が噴き上がる。

お稲荷に刺さった花火は、時を経てグレードアップされていた。

ドラゴン花火が火を噴いているっ!

「うわーっ、お稲荷さんが燃えてるーっ!」と私は仰け反った。

 内田は何を思ったか、これが先代からの心だといわんばかりに誇っている。

「これぞ名物っ、ドラゴン稲荷っ。クリスマスだからって、そば屋が大人しくしているつもりはありませんよ。もう一つのお稲荷には、ネズミ花火が仕込んでありますから、お楽しみにっ」

「楽しめるかっ!」

内田は、私が慌てふためいているのも気に止めず、隣の中年女性を紹介し始めた。

「どうです、あれからこのモデルのような嫁をもらったんですっ」

「いやだ〜ぁ、あんたったら〜っ」

煙はすごいが、際立つ嫁。

内田勝の嫁は、掟破りの歯出なブス。

「火災報知機が鳴るんじゃないですかっ!」

「大丈夫、止めてあるから。亮子はパリコレにも出たんですよ」

「いやだ〜ぁ。お客さん、冗談ですからねっ」

四角いカンナ面(づら)。

誰が本気にするか・・・。

「実は、あの疫病神の娘なんですが、私にとっちゃマリアです」

「クリスマスとかけたのね、おバカさん・・・」

 

 

  「パンっ!」

稲荷寿司が破裂し、米粒と稲荷の油揚げの破片が私の額に張り付いた。

 

「これぞ名物っ、スパークリング・ねずみ稲荷っ。メリークリスマス、ちなみに私が二代目疫病神となりましたっ」

 

 私は無視してうつむき、顔にへばりついたコメと油揚げを拭った。

 

「お客さん、顔を上げよっ。元気出せっ!」

 

   うるせえ・・・。

 

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                                (終)

 

 

    〈本作は、4年前に書いたフィクションです〉

人間界、職場にも存在する、ハト吉。

 私はハトがキライだ。

公園にいるハトが特にキライだ。

かわいいスズメにちょっとだけ昼食のパンを千切って上げると、警戒しながらもチュンチュンと寄ってくる。

ちびちびと食べる姿。

写真を撮って、思わず和む。

 

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 すると、どこからかぎつけたのかハトがバサバサと舞い降りる。

体を膨らませながらスズメたちを威嚇し、1匹残らず蹴散らし追い払う。

そして、私のパンを奪おうとする。

 なんと浅ましい。

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(スズメを追い散らし、いきがるハト一団)

 

 

 パンくずに飽き足らず、木くずさえもつばんで吐き出す姿は、

まさに悪食。

 

 映画「セブン」であったら、真っ先にケビン・スペイシーの制裁を受けるだろう。

 

 そしてまた、あの首。

歩く度に前後させる動きもムカつきを助長させる。

 私は間髪入れず追い払う。

すると、バサバサとダニやら雑菌やらを撒き散らして飛び去るのだ。

 

 飛ぶなっ!

歩けっ!

 撒き散らすな!

場を濁すなっ!

 

 スズメは警戒してチョコチョコと様子を見ながら距離感をはかるからカワイイ。

 

 一方、ハトはバカにした様な厚かましい動き。

なにかもらえるのが当たり前だという図々しさで警戒心もなく近づいてくる。

 そして、いきなりバサバサと一斉に飛び去り、私のわずかな休憩時間を乱して去ることが許せない。

だから、ハトがキライなのだ。

 

 

 人間界、そして職場にも、こういった人物が一人や二人存在する。

 

 お土産や差し入れをもらうだけもらって、自分ではほとんど持ってこない人物。

私はこういった人物を男女問わずハト吉と呼ぶ。

 

 例えば、数人で残業している時。

 

 同僚の一人がキットカットやコンビニ・スイーツなどを気を使って買ってきてくれた事があった。

 

 ハト吉は、何か買ってきた人に敏感なのだ。

決め手はビニール袋。

袋を持った人を見ると、薄ら笑いを浮かべて背後から忍び寄る。

 

 そして、食べ物だと確信すると、何気なくあたりをウロつく。

 次に、「差し入れです」という言葉を聞くと、お礼を仰々しく述べつつも、すでに自分好みのビターチョコやクランベリーに目を付けて、何気なくすーぅと手を伸ばし、ニヤつきながら事の他嬉しそうに喰らうのだ。

 

 そして、会話を主導するタイプと聞き役タイプが、寄り添って談笑を始める・・・。

 

 お菓子繋がりで「どこどこのチョコ美味しかった」とか

「ジャン=ポール・エヴァンは高いだけあって美味しい」とか能書きをタレ始める。

 

 その間にも、ためらう事なく第二、三の手を伸ばすのだ。

そして、「萩の月は美味しい」だの「大福にみかん一個丸ごと入った物は、人が並ぶほど美味しんだよね」だのと、和のスイーツに話を拡大するのだ。

 

 そして、菓子が少なくなると、さも忙しそうにその場から立ち去ってしまうのだ。

 

 まるで、「美味しんぼ」の海原雄山の様に美食を知り尽くした様な口ぶり。

海原雄山はダメ出しをしたら、その後本当に美味い物を振る舞う。

 

 まあ、押し付けがましい事はこの上ないが・・・

 

だが、ハト吉は知ったかぶるだけ。

 

 呆れた私は、わざわざ差し入れを買ってきてくれた人に目を向けた。

時を同じくして目が合った。

当然、シラけ気味にお互いに微笑む。

「出たよ、ウンチクたれ。安い菓子で悪かったなっ!」と。

その意を汲んで私もうなづく。

 

 こういったウンチクたれは、男女問わず上役とその腰巾着が多いのだ。

 

 私はこうしたハト吉が、過去にどんな土産を買ってきたのかと記憶を辿ってみても、思い出せない。

 

 正月明けとか、旅行に行った様な話を聞いた事はあるけど、自分から何か買って来た事はないのだ。

 食うだけ食って能書きたれて、その場を気まずくさせて去ってゆく。

 

 だったら食うなっ!

外の小枝でも食っていろっ。

 そういうハト吉に限って、職場内でお土産とか差し入れをやめましょうと言い出すから始末が悪い。

 

 本当は、お前ら上役、年長がみんなを労うのがスジだろうっ!

 

 

 ちなみに、過去にジャン=ポール・エヴァンを買って来たのは、キットカット買ってきてくれた人。

 そして、みかん大福は、以前に私が買ってきたものなのだ。

まるで、プライベートで食べた様な口ぶりだか、自分じゃ買ったこともないのだろう。

 

 あっ、思い出した。

ウンチクたれのハト吉が、唯一買ってきた差し入れは「温泉饅頭」 

 

 3ヶ月ほどの賞味期限を有する、保存料たっぷりの見るからに不味そうな一品。

 

 しつこく勧めてきたので、仕方なく手を伸ばした。

予想通り、皮はバサバサ。

そして、角砂糖を食っている様な激甘アンコ。

激安感漂う代物だった。

 

 そして、我々に問うたのだっ!

 

「どう?ちょっと時間経っちゃったけど大丈夫?」と。

 

「下手すりゃあ半年持つだろうさ。味は全然、大丈夫じゃねーよ。ノドが痛くなるほどの甘さだよ。グルメぶっているくせに激安饅頭買って来るんじゃねっ」とも言えず

「大丈夫です」と返すしかなかった。

 

 

 

   話しは変わって、またまた最近の昼休みの公園。

 

 二つあるベンチの一席で、職人らしきおっさんが足袋を脱いでガツガツと弁当を食べていた。

 

 私は空いている隣のベンチに腰掛けた。

バックからビニール袋を取り出すと、ハト吉は袋を目掛けてバサバサと舞い降た。

 私は息を止め、忌々しいとハトを睨み「しっ」と追い払うが離れようとしない。

 

 隣のおっさんは弁当を一旦置くと、突如、足袋を思いっきりハトに投げつけた。

 

「ふんっ!」 

 

 驚いたハトは空に逃げ出す。

 

 おっさんは巻き舌で怒鳴り散らした。

「二度と来るんじゃねーっ、この野郎っ!」

 

 公園中に響き渡る怒声に、私も度肝を抜かれ恐ろしくなったが興味深い存在だった。

 

 私よりもハトが嫌いな人がいる・・・

 

 おっさんは、私の視線に気づいたらしく、こちらを見ずに自分が投げつけた足袋を睨みつけ、渡哲也の様な小声で呟いた。

 

      「ハトだけは許せねえ・・・」

 

 

 過去に一体何があったんだ。

 

 聴きたい気持ちでいっぱいだったが、おっさんは足袋も取りに行かず、声もかけられないほど一心不乱に弁当をかき込んでいた。

 

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狛犬さんと狛ネコさん

  なんだかネコ続きの話題となっていますが、私はすごくネコが好きな訳ではない。

 

 どちらかといえば怖い。

思い返えすと、あまり良い記憶がない。

 

 学生の頃、親戚の家のネコはおとなしいと聞いていたのでおっかなびっくりなでてみた。

すると、ネコは私の膝の上に乗ってきて目を閉じて気持ち良さそうにしていた。

 私もネコの毛並みが柔らかく、暖かさに気を良くして談笑していると、いきなり私の撫でていた手をバリバリっと掻きむしって逃げていった。

 

 あまりの痛さに声を上げて、親戚に「大人しいって言ったじゃんっ!ただなでていただけだろうっ」と被害を訴えた。

 

 すると、親戚はなんでもない素振りで「機嫌が悪かったんじゃないの?あはははっ」と私の傷を心配する事もなく煎餅を食べながら笑っていた。

 

「こっちはちっともおかしくねーよっ。傷の手当をしないとっ」

私は引っ掻き傷を親戚にこれ見よがしにアピールした。

「大丈夫だよ、放っておけば治るから。それよりお茶飲む?」

ネコの機嫌の変わりやすさにも驚いたが薄情な親戚には呆れた。

 

 そして約5、6年前、柴犬が看板犬であり、また、捨てネコを保護し里親を探す喫茶店によく通っていた。

ネコが好きというより、柴犬を散歩させる事が好きだった為だ。

 その店には飼いネコもいた。

綺麗な毛並みの三毛ネコ。

私は過去に引っ掻かれた事があるから近づかずにいた。

 

 ある日、柴犬の散歩が終わり、喫茶店に戻って椅子に座って寛いでいた。

柴犬は骨のおもちゃを持ってきて床にポトリと落として、私を見上げる。

「遊ぼうよ」と私の膝に手を乗せせっついてきた。

その仕草がとてつもなく可愛い。

柴犬と骨のおもちゃを引っ張り合っていると、三毛ネコも寄ってきて私の隣に座った。

柴犬が遊び疲れて床に伏せると、今度はネコが私に寄り添ってきた。

「ニャー」と泣くものだから、柴犬と同じ接し方でなでていると、

いきなりガブっと噛みつかれた。

「うぎゃーっ、痛ってーっ!」

咄嗟に手を引っ込めた。

すると、ネコの顔ごと引き寄せている状況に更に驚いた。

ネコの前歯は内側に反っている為、より深く食い込んでしまい、引き離そうにも離れず、噛み付いたくせにネコも「ぎゃー」ともつかない声を上げて逃げ出した。

 

 余りの痛さと噛み付いたネコが離れない衝撃に二度と触れないと恐れる様になった。

 

 前置きが随分と長くなってしまったが、これで私自らが好んでネコに寄っている訳ではない事は理解してもらいたい。

 

 ネコが寄ってくるんです。

メシを食っている時、休憩している時に。

 

 さて、最近も仕事で信濃町に出かけました。

先方への訪問時間よりも20分前に現地に赴き、周辺をフラフラしていると、神社を見つけました。

 

 多武峯(とおのみね)内藤神社。

江戸時代に内藤清成が創建し、現在の場所に移築したもの。

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           (狛犬さんと本殿)

 

 望んでも仕方がない様な御時世に、なにを願うか・・・。

ふと考える。

 

 具体的に、仕事が上手くいくとか、良い生活ができるとかそういう類の願いをも浮かばず、ただ一つ祈願する。

 

 原動力となる強い希望が欲しい。

自分を動かす強い希望があれば前進できる。

 

 私はそれすらも失い諦めかけている事を知る。

 自分の心持ちを神頼みするばかりではなく、自らに意識を持たせ、今すぐじゃなくても良いから自分自身で立ち上がろうと手を合わせました。

 

 また、神頼みをしても願いが通じなければ、神様のせいにし、神仏を否定する様な理由にもしたくなかった。

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        (本殿左側にお稲荷様)

 

 こちらにも手を合わせた後、右側の神馬殿にも参拝。

 

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        (神馬殿)

 

 

 頃合いも良く訪問先に向かい、無事要件を済まし、千駄ヶ谷駅方面に向かう。

 

   

   途中、置物のネコが二対塀の上に並んでいるのかと目を凝らす。

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  ふと、先程の狛犬さんの様で近づいた。

「よく出来ているな〜ぁ」

 更に近づくと、二対のネコがちょっとだけ動いた。

 

 「うわっ」

まじまじと見ても、2匹のネコは逃げない。

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       (左側のネコ)

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(以前ブログに掲載したネコが右側に座っていた)

 

 赴きのある家を守る狛ネコの様にも見える。

なかなかの近距離に近づいても、

ネコは目を閉じたまま動じない。

 

 不思議なもので、一度守りネコの様に見えると、

そうなのではないかという理由を探したくなった。

 

 ネコは家につくというから、

この家は安全なのだろうとか。

 

 また、豪徳寺に井伊直考を呼び寄せた招きネコの様に、幸福をこの家に呼んでいる様にも見えなくもない。

 

 人はある物事に対して、こうなんじゃないかと推測すると、その理由を探そうとする事に似ている。

 

 ならば、自分に当てはめてみるのも一つの実験だ。

 

 この様なネコに遭遇したのも、ツキが回ってくる前兆だと仮定する。

そして、その予兆を探す。

 

「そうだ、さっき内藤神社にお参りしたからだ。これも何かの縁」

こう考えたりもできる。

 

 ちょっと話題が変わるが、「自分は運が良いと思う人と自分は運が悪いと思う人が宝くじを買った時、どちらが当たる確率が高いか」という心理学の実験をイギリスあたりの大学で行った。

 

 

 結果、どちらも同じ当選確率だったという。

 

つまり、運の良し悪しも思い込みだととも言えなくはない。

 

 ただ、ここで思う事は、月並みな言葉だけれども、

「宝くじも馬券も買わなきゃ当たらない」

ということだろう。

 

別にギャンブルに手を出せというのではなく、運の良し悪しは思い込みである可能性が高い。

 

 私もそうだが、自身の少ない経験を元に未来を予測する。

 しかし、予測する物事に幾度向き合い、経験しただろうか?

 

 私がネコに引っ掻かれたり噛みつかれた経験は、人生でおそらく4、5回。

 今後、ネコが私に危害を加える確率を計測するには、圧倒的に実験回数が少な過ぎて予測できない。

 

 

 例え100回経験したとしても、

次の結果が予想通りとなる確率は誤差が大きすぎて解らない。

100回の実験では正確なデータは得られない。

そして、統計による確率の傾向でしかない。

 

 実験においては、たった100回。

しかし、人生では100回の経験はそうそうできない回数だ。

 

 良くも悪くも、自分の少ない経験数から結果を予測している事が大概だろう。

すると、私の予測はいい加減ということになる。

 

 先にも上げたが、人は物事に「こうなんじゃないか」という仮説を一度立てると、その仮説に導く理由を探してしまう。

 

 何かチャレンジしようとしても、

一度ダメなんじゃないかと思うと、出来ない理由を探し出だす。

そして、ダメな理由を列挙し、チャレンジをやめてしまう。

 

 狛犬さんと狛ネコさんを見た私は、見方を変えた。

 

 物事へのチャレンジに対して、出来る理由を探してみよう。

 

 ネコに愛想を振り撒き、手を振って駅に向かった。

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 当たるか当たらないかは、買ってみなきゃ解らない。

自信があろうがなかろうが、やってみなきゃ解らない。

 

実験と思えば、気も楽だ・・・。

失敗しても上手くいっても、そこから何かは得られるだろう。

 

なにもしなければ、データもなにも得られないのだから。

「明日も実験だ」

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      (豪徳寺の招き猫)

ノラネコに命名

   
 最近のお昼時の公園は暖かい。

そして度々、猫が私の食事模様を草陰から覗いているらしい。

コイツは、最近擦り寄る目つきの悪いノラ猫。

 

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 近所のお婆さんがエサをやっているらしいが、名前は不明だ。

顔馴染みとなったある日、

ビリビリに破けたティッシュの切れ端の様な物を咥えて現れた。

 

 「なにこれ・・・」

猫を見つめていると、ぽそりと地面に置いて私を見つめている。

 

「この汚いティッシュと引き換えにエサをくれと言うのか?」

 

私は明太フランスパンを手に持っていた。

「これが食いたいのか?」

パンを猫に見せると、なんだかうなづいた様に見えたので、ちょっとだけちぎる。

 

 すると、「にゃ〜」と猫なで声で歩み寄り、私の手から食べようとした。

 

 残念ながら、ノラ猫だけに汚い。

また、かじりつかれる怖さから地面に置いた。

 

 猫はくんくんと匂いを嗅ぎ、鼻先でパンを転がすと、食べる事なく私を見つめる。

 私の好きなパンを拒んだ猫に思わず「毒なんて入ってねーよっ」と顔を顰めた。

それでも、猫は動じる事なく見つめてくる。

ふと、猫は私の座るベンチに目を向けた。

 

「これはやらねーよ」

私が最後のお楽しみとして取っておいたパンの袋をじーっと見ている。

全粒粉のパンにドライフルーツが入っている歯応えのあるパン。

 

 フランスパンといい、こういったパンを良く噛み締めると味わいが更に出てくるので、食べた感じする。

ふかふかしすぎるパンはあまり噛まないから、満腹中枢を刺激しないまま食事が終わってしまうから物足りない。

 

 このパンを猫は出してみろと言わんばかりに、目つき悪く見つめてくる。

「まだこっちのパンを食っている途中だからダメ〜。そこの明太フランスを食え」

私が指をさしてもちらりと見るだけ。

「みゃ〜」と鳴いて催促している。

仕方ないと食べかけのパンを袋に戻し、ドライフルーツのパンをちょっとだけちぎって地面に置いた。

 

 猫はサッとパンに顔を寄せるが、

また食べない。

元からこういう顔なのだろうが、

拗ねた様な眼差しで私を見ながら訴える

「みゃ〜」

この猫の表情を見ていると、

「これじゃないんだよ」と言われている様だ。

タダでエサをもらおうとするクセに生意気だぞっ。

私は猫を放って置いてパンを食べ進める。

 

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 猫は諦めが悪いのか、私の足元に座る。

目つきが悪い猫だが、ちょっとだけかわいい。

猫と呼ばずに名前を付けようと考えた。

 

 とはいえ、汚い猫。しかもちょっと臭う。

ティッシュを持って来たから

「そうだ、今日からお前はエリエールだ」と猫に語りかけてみた。

 

 エリエールと呼ばれた猫は、こっちをチラ見する。

とにかく目つきが悪いから、気に入らないのかと思う。

 

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 野太い私の声で「エリエール」と再度呼びかけるが、無視された。

生意気なっ。

名前からしたら綺麗なイメージだろうっ。

お前にはもったいない名前だ。

「エリエールっ、このパンは美味いよ。本当は猫に餌をやっちゃあいけないけど生きるために食べろ」

 

しつこくエリエールと呼びかけていると、ふいと立ち去った。

 

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 名前が悪かったのかな。

今度は、「ネピア」と呼んでみよう。

 

刺激のない日々は、神聖なる甲虫・スカラベ

   先週の土曜日の午後5時過ぎ。

私は仕事を終え、駅前にあるドンキに入店。

特に目的もなく徘徊し、店頭の置かれた58円のコアラのマーチを買うか買わないかで迷った挙句、レジ前の長蛇の列にうんざりして何も買わずに店を出た。

コアラのマーチとは限らないが、だいたいお菓子を買おうか迷って店を出るのが常習化している。

この日も刺激のない日々の連続記録を更新した。

 

 いつもの様に電車に乗り、自宅最寄り駅で下車。

人気のない部屋に戻る事を躊躇い、私はこれまた習慣化しているコンビニに目的もなく立ち寄ろうと、入口手前の階段に足を向ける。

 

 5,6歳の男の子とその妹だろうか3、4歳の妹らしき女の子と二人で階段の脇に座っていた。

私は二人を避けながら入店。

ドンキで甘いものを買いそびれたから、シュークリームでも買おうと思いつつも、

ここでもレジが混んでいたから商品を戻し店を出た。 

 

 目的を放棄した私は気だるく女の子を避けて階段を下りる。

「お兄ちゃん、お兄ちゃんっ」

女の子が呼びかけている声が聞こえ、向けられた方に目を向けた。

少し離れたところで、男の子は木の枝で地面をほじるのに夢中の御様子。

「お兄ちゃん、この虫なんて言うの?」と女の子は再度呼びかける。

男の子は妹の呼びかけに見向きもせず、ひたすら地面をほじくる。

 

 私は暗くなってきた空を見上げ、一日の終わりの無常に溜息を漏らす。

「カワイイよっ。お兄ちゃん、この虫なんていうの?」

兄に相手にされない女の子は、渾身の声をふり絞った。

「このカワイイ虫っ!なんていうのーぉ?」

日々の生活に大した刺激もない私の耳をつんざき、否応なく振り向かされた。

 

 女の子が手元の虫を撫でようとしているが薄暗い中で良くわからない。

目を細め凝視した途端、私は目を剥いた。

全身に低周波電気が駆け巡る様な悪寒と戦慄が駆け巡る。

 

 うわ~っ、それはごきぶりっていうんだ~ぁ。おえーっ、触るんじゃないっ!

 

私は止めに入ろうと思ったが、見ず知らずの女の子に声をかけるのも気が引け、カワイイという感情が理解できずにゾクゾクと体が震えて暗い空に顔を上げた。

勘弁してくれよ~っ、見ちゃったよ・・・。

 

 私の脇をすり抜け兄が妹の元に駆け寄った。

「見て、カワイイよ」

「カナブンかなぁ?カナブンはもっと丸いよなぁ・・・」

 

 今にもごきぶりの背中を撫でようとしている妹に、私ははっきりと言いたかった。

よせっ、それはゴキブリという虫だと。

しかし、カワイイと思っている兄妹の純粋な感情を踏みにじる権利もないと思い、私は鳥肌を摩り震えながら自宅を目指した。

中越しに最後に聞こえた声は、「家に持って帰ろうよ」と愛くるしく兄に呼びかける妹の声だった。

 

 自宅に帰った私は、ふとごきぶりが気持ち悪いと思う感情は、もっと大きくなってから植え付けられた感情なのかもしれないと考えた。

 

 家族や周囲の人がごきぶりを見た瞬間、悲鳴を上げ、殺意を露わに殺虫剤や新聞紙を丸めて戦闘態勢に突入し退治してきた。

そんな場面を多く目にしてきた事から、ゴキブリを見たら殺すものという既成概念が形成されたのではないか?

 

 一方、同じ虫でも「スカラベ」という虫は、古代エジプトにおいて太陽神と同一視され、壁画にも数多く描かれ、神の様に崇められていた神聖な甲虫。

しかし、日本では只の糞を転がすフンコロガシでしかない。

 

 物や価値観は、時代と場所が変われば、そのあり方も変化する。

よくよく考えてみれば、ゴキブリが我々になにをしたというのか?

ヘビの様に噛みつかれた事もなければ、ムカデやハチの様に刺された事もない。

西アフリカではゴキブリを食べる風習もあるという。

 

 子供が純粋と言われるのは、世間の常識や既成概念が入り込んでいない事によって、良くも悪くも思うがまま、感じるがまま振る舞えるのだろう。

私も3歳の時があったのに、当時、ゴキブリの存在についてどうとらえていたのか鮮明に思い出せない。

 

 そして、現在の私は何の刺激もない日々を過ごしている。

これまた見方を変えれば、日々平安という良き事なのに、テレビなどの情報や世間体に振り回されているということだろう。

生死に瀕した状況では、毎日が刺激だらけで息も吐けない。

隣近所や知人が裕福だろうが幸福と感じようが、他人と比べたって仕方がないのに、あたかもそうでなければならないような風潮に飲み込まれると厄介だ。

自分が思う事にまで、自身の頭の中で間違っているんじゃないかと語り掛けてくるからだ。

 

 昔、親はこんな事を言っていた。

「人は人、うちはうちの事情がある」

続けて、

「文句言う他所様は口を出しても何もしない。助ける人は何も言わずに手を差し伸べるんだから、あんたはあんたのすべき事をしな」と。

 

 明日、何の予定がなくても、誰に迷惑かけている訳でもないのだからいいじゃないか・・・。

分かっていても刺激を求めてしまう、もう一つの私の感情がある。

そんな感情がよぎった時は、情報を遮断して散歩に出よう。

傘は持たないで。

 

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                                   (終)